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「国民のため、市民のためになるか」法解釈に私心を入れず素直であれ!

kage

2006/07/22 (Sat)

 前報の新着情報を一部訂正しなければならないようだ。南原での会合の中で市民からの発言に安部市長は声を荒げて会合を中座したと書いた。その後会合に出席した別の方に事実を確かめたところ「市長は会合が終了するまで在席していた」ということである。中座という点に違いはあるが「なぜか市民の質問に対して突如、興奮気味になり意味不明の文言を吐いたことは覚えている」ということだった。

 言葉は相手に意が通ずるために存在するものだ。同席した人たちの多くが市長の吐いた言葉に「興奮して意味不明」と捉えていることから当該会合での市長は何を言おうとしたのか参会者にとって「言葉」としては受けとめておられなかったことになる。
 そこで市長が参与として福島大学から招聘した某教授の講演を思い出す。参与なる某教授の講演会を主催したのは米沢信用金庫だった。
教授の講演の中で安部市長のことに触れている。「安部市長に参与として招かれ米沢にきたが、米沢市の組織図に参与という位置がないのだ。したがって参与としての立場は米沢市では宙に浮いた存在のまま月額7万円の手当てを頂戴するに過ぎなかった。
安部市長という人は不思議な方で、一体何を考えている人かわからない人だ」と講演会場で話されているのだ。その教授は参与を辞退されて福島に帰られている。
 小生の推測するところ、安部市長は他の諮問機関とは別に安部個人として相談役的な立場を求めて2名の教授を米沢市の参与として招聘したのであろう。が、前例のないところから米沢市の組織図に組み込むことができなかったのであろう。しかし、安部市長は2名の教授から地方行政を学ぼうとしたに違いない。ところが安部個人の性格から、他人の意見に耳を傾けることが病的に苦痛な人らしく、取り巻きの議員らによる諌言にも耳を貸さないのだとも聞く。
狭量な性格である以上、市民の意見を聞く耳をもたない市長の性格が乗り移ったものか生活環課の「こう言えば、ああ言う」といった頑固な課長にも困りものだ。
請願が採択されたにも拘わらず「新規の許可は出さない!」という一貫した主義が課内のバイブルとして信仰にも似た状態でつづいているのだ。それほどまでに一図な随意契約業者保護態勢に「許認可権をもつ行政の傲慢」さに呆れて言葉さえも失いそうになる。
「随意契約業者」を護り抜く気迫が行政にあること事態が何かを感じさせるものだ。彼らが金科玉条としている「法律」にさえも逆らった解釈をして毅然としているのだ。「市民のためになるか否や」などの行政的な判別などは「猫に小判」「馬の耳に念仏」なのである。

 今回の「情報公開」の席上で課側から「重要な会議になる」ということでテープレコーダが持ち出されてきた。会議の模様を録音したテープは「市民に公開したいから」と、テープを要求しているが「ダビングしてないから」の理由で小生の手元にはないが、是非、市民に聞いてもらいたい内容の会議模様なのである。
課としては表に出せないことは必至であろう。録音されている内容はすべてにわたって行政側の市民無視の会話がつづくからだ。無論、市長にも開示できないのであろう。
 小生の言葉で明確に安部市長の行政能力の欠如や行政の独善を指摘し「来期は市長を必ず市民の手で代える!」などの文言が録音されているからだ。
 さて、「許可を出せない理由」として出してきた環境庁からのお達しの内容を小生らに示した。
文言の最後に次のように明記されている。
「一般廃棄物処理業者の事業の安定及び育成に配慮すること」行政側は「事業の安定」に重点をおくが「育成」に配慮することを無視している。
法はまさしく「既存事業者の安定」とともに「新しく参入する業者の育成」にも配慮すべきだとしているのだ。行政の国語力欠如であるか当該職員たちに限定された能力のなさか、いずれにしても「法解釈に無知」は許されない。

 昨日の「情報保護審査会」は市民メンバーからなる審査会であるが、本会としては2度目の審査会となる。
 本会が求めた「情報公開」の趣旨は、業者に支払った項目別の金額であった。既報のごとく行政が公開してきたものは「項目別に列記された金額がすべて黒塗りされた金額不明の支払い表」だった。
支払った明細を開示できない理由の本意とは何か?
本会は随意契約業者に対する利益供与ではないかとの観点にたっての公開請求だった。それが黒塗りでは疑義が深まるというものである。
そこで安部市長を相手どって審査委員会に情報の公開の是非を訴えたものであった。いかなる判断が出されるものであるか。

 かつて、小生が娘の学校でPTAの理事に推挙された時期のことを思い出す。指定された日曜日に「父兄と語る会」に出席して驚いた。議事進行係というのが全て母親のである。そこで質問してみた「あなた方は男ですか?」議長格のご婦人いわく「家の人は学校のことは私に任せているもんで」と答えた。「学級委員を選出名簿に父兄の名前と職業年令だけが明記してあって、そこから○×式で選んでいるはずなので、あなた方の名前は学級委員選出資料に載ってはいないのです」「私たち学級委員は父親が忙しいので代行しているのです」そこで小生は「PTAって何ですか?」と質問したら当該議長役の学級委員のご婦人が驚いたように叫んだ。「あんだ、PTAしらねえの」小生は「PTAなる語源ぐらいは知っていますが、不思議なのは就学する子供がいないのに長らくPTAの会長とはおかしくありませんか?」
 事の成り行きを見にきた教頭が背後から声を発した。「PTAの発展は地区の有力者に会長をお願いしているからだ。したがって、立派な校舎が建つのです」さすがの小生も理不尽な会合の性格に腹が立った「バカ野郎!学校は教育をするために法に基づく国家の義務行為だ、何が町の有力者がいるからだ!」教頭は早々に退散していったが、小生の発言がキッカケとなって燃え上がった会合が延々とつづいて、用意してあったPTA役員たちの懇親会ができないような始末に慌てだしたのがなんとも可笑しかった。
 そんなことが小生を理事に推挙することになったのだろう。最初の理事召集は「決算案の審議」だった。一般社会では「予算案」はあるが「決算案」というのは初めてだった。内容は「支出の項目をどう処理すればよいか」であった。
 たとえば「先生全員に出している月々1000円の図書費の扱い方。給食のおばさんのエプロン代、教員の希望で設置した電話の設置費用などなど」であった。支出したものであれば明確に決算書に乗せるべきであってどうこう審議すべきものでもあるまい。問題は表面にだせない支出があることだった。エプロンやら図書手当てやら、電話の設置費用なのであった。
 小生はその場で理事を辞任したが、神聖であるべきPTAの中身に大いなる疑義を抱いたからだ。このように毒されたPTAであるならば子供たちを任せてはおけないと思ったが、せめてわが娘3人が卒業するまではと、PTAに監視の目を怠らなかった。
 そんな小生のご機嫌をとるかのように学校誌に依頼され原稿を書かされたが「PTAの本質」にふれている内容から当然ながら予想通りボツにされた思い出が残っている。
「みんなのためになるかどうか」を基点に常に行動をしたいものである。


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