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「鬼の会」の事務所を移転しました。

kage

2006/06/28 (Wed)

 馬齢を重ねると、いささか店舗兼本会事務所を持つことが苦痛になってきた。そこで急遽自宅の写真スタジオに事務所を移転することにした。(小生の本職は写真家であった)
 26坪の店舗から15坪のスタジオに移転するわけだから、長年蓄積してきた書籍などトラック2台分を始末必要があった。よくぞ読破したものである。家具の多くは福祉事業所に寄付してきたが、書籍類はどこも引き受け手はなかった。米沢市の図書館でさえも地元の図書以外は読む人たちの激減によって不要とされた。
 移転によって若き日の所業の数々を彷彿させるものが2~3出てきて懐かしかった。多少、自慢気に写るかも知れないが青年時代の活動としてご承知いただきたい。
 まず、30年代に青年演劇大会で全国優勝したことはご承知の方もいられるだろうが、山形県予選会で最優秀演技賞を獲得した時の額が出てきたことや、米沢芸術鑑賞協会の事務局として会員数1400名を達成した時のバレェ公演の記録、そして40年代東京オリンピックの聖歌リレー時に旧市役所前に設置された聖火台の周りに花がないことに当時の吉池市長からの懇願でフラワーポットを作り、置賜農業高校の畑からサルビヤの花を友人と2人で分けてもらって植え付けて事なきをえたものの、黒煙をあげる聖火台でお茶をにごしたホロニガイ思い出の写真が陽の目を見たが、市長の肝煎りで清水大典氏を中心に「よねざわ花の会」が結成され、小生が初代の事務局長となった。当時の読売新聞社からの表彰状も出てきて懐かしさがこみあげてくるものだった。
 初代会長の故行方靖郎氏から佐藤会長まて「花いっぱい運動」は健全に広がって維持されている。喜ばしいことである。また、「米沢村」の設計図も出てくるにしたがい小生の青年時代はボランテァ活動に終始してきたのだという記録が蘇ってくるのだ。

 さて、本論にうつる。「鬼の会」を結成したのは3年前のことになる。まず、運動の骨子は「行政の知恵のない沈滞を指摘する」ことにあった。 そのはじめが「市の有価財産である再生資源物を随意契約業者に無償提供することを止めさせることであった」その結果は本日現在でナント1億円を越す市の歳入となって証明されている。
 本来ならば担当職員や市会議員らが実行すべきところ、本会が「提唱と運動を続けた」結果であることは間違いないことだ。
2度にわたる本会の「住民監査請求」は役所側のセクト主義から「役所側に非がないこと」の報告書が作成され、米沢市担当部課並びに茶坊主監査委員に反省がないことから、本会は改めて3度目の住民監査請求を提出する。前回・前々回の住民監査報告書に不用意にも蓄積してきた数々の記録から「市政を覆す」データーが集まってきた。
 市民の純粋な運動から生まれた1億円の歳入である。にも関わらず「お上に逆らう不埒者」よばわりは全くもって迷惑である。

 さて、移転によって出てきた不要品の始末を業者に依頼せざるをえなかった。無論、一般廃棄物許可業者ではない。問題なく値段が安価なのである。なによりも依頼者の要望に気を使ってくれるのであった。
 行政が「不法投棄の心配がある」といい2年越しにしてさえ許可を出さない不条理さと、鈴木課長ごときは「北関東通商のはかりは県の検査を受けてない信用できない台貫だ」と公然と言い切る始末。 斯様に随意契約業者養護一辺倒な環境生活部課なのである。随意契約は「悪の根源」であることは中央諸官庁でも認めている文言である。防衛庁の汚職は随意契約業者との癒着から発生したものではないか。保険庁の勝手極まる分母へらしなどなど小賢しい役人のする仕事は知恵のないその場しのぎの日本である。

 斯待のサッカーも相手国の「グランド格闘技」なる根性に敗退した。まず勝つことの根性が相手国に劣った試合だと見た。試合とは勝つことにある。そのために全力を傾注すべきが筋というものだ。チャラチャラしたマスコミの報道を見るたびに辟易していたのは小生だけであろうか。
 事務所を自宅スタジオに移転したからには、落ち着いた著作活動とともに本会の運動を米沢市のためにも続けなければなるまい。

 来年は待望の地方統一選挙の年になる。問題の現米沢市長は「市民のためにならない」から市長を代える必要がある。「部落の婦人層は-期だけでは可愛そうだから」という筋違いとも思われる同情票が強いといわれている。が、同情するのは結構だが、ために米沢市政の沈滞はどう説明するというのだ。
 現在、市長候補に手をあげているのは「前自民党県連幹事長の野村研三」氏だけのようだが、無駄飯食いの安部三十郎氏と比較されるのは野村氏の本意ではあるまい。追々時間をかけて書くことにしよう。
 まずは事務所移転のごあいさつまで。電話やファックスは今までと同様。事務所住所は東二丁目となり、ご存じ行方羊肉店は小生宅とは隣組同志である。大型犬2頭がいる自宅である。

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kage


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