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雲井龍雄のこと①

kage

2016/05/17 (Tue)

雲井龍雄のこと①

 雲井龍雄といって分かる方はこの米沢市でも少数派ではなかろうか。
過日、ブログに彼の名を挙げたことから「簡単に言ってどんな人かFAXで教えて」との要望が有ったので、その文面から改めて彼に触れてみたい。

◆雲井龍雄
 米沢に生まれ幕末から維新期にかけて活躍した米沢藩士で、小さい頃から勉学に優れていた龍雄は、14歳から藩校「興譲館」に学びました。
 22歳で米沢藩の江戸藩邸に出仕して安井息軒の塾に入門し、全国から集まった塾生と交友を広めると共に、時勢に目覚め、日本の将来を真剣に考えはじめます。

 幕末の混乱期に、薩摩の常軌を逸する一連の主張や行動を痛烈に批判し、薩摩に対する強い憤りから、漢詩「討薩檄」を作り、奥羽越列藩同盟に送ることにより、各藩の士気を大いに鼓舞しました。
 戊辰戦争で同盟は官軍に敗れますが、終結後に龍雄は米沢藩の推薦を受け新政府の集議院に勤めるも、自分の信念・理想を貫く龍雄の言動などが仇となって、ひと月足らずで集議院を追われてしまいます。

 明治政府になって、職を失った各地の武士等は政府に不満を持ち、龍雄の信念・理想に共感した彼らは龍雄の下に続々と集まり、新政府に対抗しようとする行動が起きようとしていました。龍雄のこの行動が政府への陰謀とみなされて逮捕され、明治三年に我国最後の斬首刑により27歳で刑死していますが、その時に次の辞世の句を残しています。
【辞世の句】
死して死を畏(おそ)れず。
生きて生を偸(ぬす)まず。
男児の大節は、光(かがやき)日と爭(あらそ)う。
道、之(これ)苟(いやし)くも直(なお)くんば、鼎烹(ていほう)を憚(はばか)らず。
眇然(びょうぜん)たる一身なれど、万里の長城たらん。
【辞世の句解説】
自分は、死ぬに際して死をおそれない。まして意味も無く生きながらえようとも思わない。 男子の大儀というものは、太陽の輝きにも負けぬくらい輝かしいものである。 もし自分が信じている道が正しいのであれば、釜茹でになってしまってもかまわない。 取るに足らないこの身ではあるが、わが心は万里の長城となり、この国の行く先を守るであろう。

 彼のこの詩は後年、君主たるものの心構えの基本であるとして、皇太子時代の昭和天皇の前で吟じられました。

 龍雄の、権威を恐れずに国を思う信念・理想を貫く姿勢は、多くの人々の共感を得ると共に、彼の作る卓絶なる漢詩は詩人として高く評価され、現代でも米沢市はもとより全国に熱烈なるファンは多いのです。
【続く】

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