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狼煙(のろし)

kage

2016/05/09 (Mon)

狼煙(のろし)

 武田信玄で知られるように、戦国の世では情報伝達手段として狼煙が使用されていた。「のろし」に何故狼の字が当てられたかについては、①狼の糞を燃やすと、その煙の密度が高いので、散らばらずに真っ直ぐ上がる。②狼は遠くに居る仲間と「遠吠え」で連絡し合った。等の説があるが、昔と言えども日本では狼の糞が多量に有った訳では無く、藁と生の杉の葉等を燃やして出る煙に、火薬で色を付けていたらしい。

 この程、米沢の旧家M氏から、「狼煙の秘伝書らしきものが有るが興味はあるか」と小生に連絡があった。その秘伝書は「巻物状のかなり長いもので、二本あり、一本は火薬らしきもので黒く汚れ、もう一本は綺麗なものとして保管され、実際現場で使用して黒くなったものと、控えとしていたのではないか」との事だがすべて古文書での説明なので全く分からないという。

 小生は「舘山発電所跡は伊達が関わった城にあらず、狼煙台であった」との伝承から「狼煙」には少なからぬ興味があったので、M氏に秘伝書のコピーをお願いした。しかし、コピーを頂いても古文書を読めない小生は市の文化課に相談せざるを得ないが、文化課は「舘山城は伊達政宗の居城」説を小生等によって崩された為、素直に協力してくれるものか疑問の残るところだ。

 田沢「道の駅」の向いには「狼煙台」が現存し、昨年地元住民による「田沢地区狼煙まつり」が計画されたが、実行に至らなかった経緯があるので、再度企画を練って実現してみたいと思っている。

 伊達時代や上杉時代に、越後街道や会津街道からの敵の侵入に狼煙を用いて情報を伝達しようとした事は紛れも無い事実であったろうし、狼煙で情報を受取った職業軍人の侍は如何なる行動に出たか、又、町民はどの様な対応策を講じたものかと興味は膨らみ、それらを盛込んだ「狼煙まつり」を春の川中島合戦に次ぐ秋の戦国イベントとしてマスコミに売り込みたいと思う小生だが「何もしないのが最大の美徳」を金科玉条とする本市職員(特に観光課)に企画立案実行を期待しても所詮無理なので、市民力でやらざるを得ないだろう。
 それにはお金がかかることが悩みで、その資金源を模索している現在にある。

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kage


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