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眺望景観資産

kage

2016/04/30 (Sat)

眺望景観資産

 県の景観条例により「御成山公園からの米沢盆地とそれをとりまく山々の眺め」が3/18「眺望景観資産」として指定された。
 
 約50年前、荒れ果てている舘山公園を憂う地元の塚田正一氏を先頭に「桜の名所にしよう」と植えた苗木が、今日、松が岬公園の桜見頃が過ぎた頃に満開を迎える、知る人ぞ知る桜の名所となり、この公園の道を登って行くと、今般「眺望景観資産」に指定された御成山ジャンプ台脇の展望台へと辿り着く。

 展望台には「人繊工業発祥之地」の石碑が建立されているが、これは旧制米沢高等工業学校(現山形大学工学部)秦逸三教授が日本初の人造絹糸(レーヨン繊維)を工業化に成功した事から、「帝国人造絹糸株式会社」(現・帝人株式会社)を現在の米沢市立第三中学校地に設立した事を記念したものである。
眼下舘山城
 この展望台は、吾妻山・栗子山・蔵王山・大朝日岳の山並みや置賜盆地を一望する景観から、「伊達政宗」がここの地に築城しようとした伝承の真実みが実感出来、後を振り向けば、米沢市文化課が主張した「伊達政宗が居城とした舘山城」が眼下に見下ろせ、「伊達政宗ともあろう人物が、あんな場所に城を築くはずが無い」と言う事を実感出来る場所でもある。

 道は「石原莞爾」を顕彰する石碑前を通り、鷹山公が降雨を祈願した愛宕神社へと続き、帰りは芸能神社のある地蔵園へと下りられる。更に遠山街道を南に向かえば、伊達政宗腹心の家来である片倉小十郎の里を通り、片栗園、紫陽花寺の笹野観音(笹野一刀彫・そばの里)、繰返不動尊、を経て最近脚光を浴びた支倉常長生誕の地と続く。

 小生は「伊達政宗が関わったとする舘山城説は捏造である」と市文化課に抗議し、「一ノ坂にある看板の説明通り、御成山ジャンプ台付近に築城しようとした」と主張して、「狼煙台説が有力である舘山城に金を掛けるなら、舘山公園から斜平山を含み、船坂峠に通じる一帯を観光資源に開発すべし」と進言したが、聞く耳持たずの文化課と観光課である。
 
 国指定史跡となった場所は、我々が主張した「一ノ坂から舘山発電所を含む地域」であるが、マスコミも多くの市民も、舘山発電所が舘山城として指定されたと誤解している様なので、文化課が国に申請した調書を一読して貰いたい。そこには舘山発電所が舘山城であることは一切記載されていない事が分かるであろう。
 

この記事へのコメント

kage

官報の写しが山形県のウェブページに掲載されています。

http://www.pref.yamagata.jp/pickup/interview/pressrelease/2016/03/02145816/press_file03.pdf

指定範囲は「館山発電所」ならびに「一ノ坂から舘山発電所を含む地域」のいずれでもないように読み取れます。

Posted at 13:15:38 2016/04/30 by たびのひと

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