2017 08 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. »  2017 10

パブリックコメントの投稿

kage

2016/02/28 (Sun)

パブリックコメントの投稿

 米沢市は中心市街地活性化事業の事後評価を市民に求めていたことから、以下の所見を投稿したので一読願いたい。

◆まちづくりの目標
 まちづくりの大目標は中心市街地の賑わい再生に有ると明記しているが、指定された区域は市民に疑問を呈するものであり、特に「米沢総合公園」建設地が中心市街地と言うのには根拠に乏しく、むしろ米沢市土地開発公社の塩漬けになっている当該地区を、国から40%の助成金を期待して本市が買い上げる事で、公社救済の疑義を感じ、真摯に中心市街地発展を目的としたとは到底思えない。

◆公園
「米沢総合公園」は明らかにサッカー場の建設にあり、発端は「天然芝で行なわれる公式競技が本市にはそれが無い事」から、関係者からの「芝のサッカー場建設」の要望により進められた事業だが、完成した競技場は「人工芝」である事に本末転倒を憶えるが、それにも増して大目標の「中心市街地の賑わい再生」にはそぐわず、大目標と切り離して、スポーツによる市民への貢献と効果を、市の財政を鑑みた費用対効果をもって思慮すべき事業である。
 従前に無い競技場が出来れば、当然にして利用する人々の存在と、その施設による経済波及効果が発生するのは道理であり、それらの数値をもって効果有りと評価するのは我田引水行為と断じ、検証すべきは、投下資本に見合う競技場であるか、又、他の地区に建設を想定した場合に比較してベストであったかという事であろう。

「西條天満公園」は、提案事業である図書館建設の費用が大なる事から、補助金率の低下を避ける為に組み込まれた事業であり、不純なる目的から建設された当該施設であるから、訪れる観光客はおろか市民の利用度も低く、壊された「まちの広場」に比べれば矮小にして中心市街地の賑わいへの貢献は無かったと評価すべきである。
 そもそもの名称が「まちなか歴史公園」としたことは、歴史を謳う事による観光客のまちなか回遊を目的とした当該施設であろうが、後に正式名称を「西條天満公園」とした事は、西條氏と天満神社を持って観光資源に寄与するを目的とした意図が読み取れるが、しかるに米沢藩に於ける西條氏の知名度は米沢市民でさえも低く、天満神社に至っては皇大神社境内に遷宮された後の、御神体の無い社であり、これをもって観光客が訪れるなどとの妄想は笑止千万である。又、三の丸外堀をイメージした池は、入水箇所の設計ミスから景観を著しく損なっている事から、東の水路より入水し、睡蓮を植える事による景観の美化を図るべきである

◆武者道
 この小径の史実は、原方衆である「無者」(禄が無く、武士としての地位も無い)が人目を忍んで商家の裏口から肥やしの汲取りや、農作物と生活必需品を物々交換に訪れた、経済的に苦しい米沢藩の歴史を秘めた道であり、この悲話を石垣町に現存する武士屋敷と結びつけ、徳川に逆らった多くの外様大名が取りつぶしに遇う中で、米沢藩が如何にして生き延びてきたかの悲話物語として伝え、観光資源に活用すべきである。
 それを「武士が誇りを持って登城した」とか「武士だけが通れる外堀の管理道路」などとアナウンスする行為は改めるべきと進言する。

◆新文化複合施設
 まちの広場を壊しての当該施設建設により、広場利用の市民と、ミスタードーナツ店の来訪者が無くなった事により、それまでの賑わいがこの地所より消え失せ、仮に7月以降新文化複合施設(以下不幸施設)が完成したとしても、現在の図書館界隈の静寂を見れば、不幸施設による賑わい効果を期待する事は所詮無理である。
 又、車社会の現代に於いて、駐車場の無い不幸施設建設など常軌を逸した計画であるが、これまで市民文化会館と近隣商店街へ供してきた駐車場を「不幸施設の駐車場」と、正に「羊頭狗肉」の策を持って市民を欺く行為は糾弾されて当然である。
 加えて、当初の不幸施設建設地はポポロビル跡地であったが、行政の不手際から、先ず広場に不幸施設を建設し、後にポポロビル跡地に広場を作る事で議決を得たが、不幸施設が完成に近づくと安部市長は「夢を述べただけ」と嘯(うそぶ)き、跡に残った「お化け屋敷」化したポポロビルが「都市再生整備計画」の事後評価のシンボルとなった。

◆寺町を活かしたまちづくり
 塀を黒くすれば城下町風情を醸し出すなどと稚拙な発想で進められた事業は、映画のセットのような重みの無い景観を呈し、観光客が訪れた姿などついぞ見かけない。
 米沢市は大正時代の二度の大火により江戸情緒の町並みは失せ、残ったのは直江兼続の作った城下町の構成であり、当時の道路がほぼ現存する事に着目し、「歴史物語」による城下町米沢市を発信すべきである。
 因みに東寺町には、上杉家側室やキリスト教徒殉教者の墓のある極楽寺や、上杉鷹山公時代の家臣の墓が有る寺に加えて、幕末の会津藩士の悲話を伝える寺もあることから、安っぽい黒塀が唯一の観光資源と考えず、「歴史物語」による策を講ずるべきと主張する。

◆交付率
 一連の「都市再生整備計画」は国の交付金が40%であることを公表して進められてきたが、最近のデータの35.5%に減ぜられた事は、事後評価の重要な要素であり、キッチリと市民に説明して貰いたい。

◆最後に
 以上の所見は抹殺され「米沢市評価委員会」に諮られる事は無く、マスターベーション的事後評価が当局により作成され公表となるであろうが、万が一にも職員や評価委員に正義の人物が存在する事を期待する。

この記事へのコメント

kage

あなたの正義は正義じゃない。

あなたの評価こそマスターベーションで米沢の未来に何の役にも立たない。

Posted at 23:52:05 2016/03/18 by

コメントフォーム

kage


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

この記事へのトラックバック