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支倉常長

kage

2015/09/15 (Tue)

支倉常長

 若かりし頃、支倉の名は歴史の時間で「伊達政宗の命を受け、慶長遣欧使節団としてスペインを訪問した」ぐらいの知識しか持ち合わせていない小生だが、数年前より、支倉の生誕地は米沢市関地区(旧置賜郡立石村)説が話題となり、関地区では昨年8月に歴史資料館を開設するなど、支倉によるまちおこしの機運が盛り上がった。

 支倉は1613年、約180名の慶長遣欧使節団を率いて宮城県石巻を出港し、メキシコ経由でヨーロッパに到着。スペイン国王フェリペ3世とローマ教皇パウロ5世に謁見した。
 目的は、スペイン国王に会いメキシコとの直接貿易の許可を得ること、ローマ教皇に会い仙台領内での布教のため宣教師の派遣を要請することだったとされている。
 しかしその頃、徳川家康は1612年(慶長17)に幕府の直轄領、1614年2月(慶長18年12月)には全国に禁教令を出してキリスト教信者への弾圧を始めている。
 よって、交渉の成果を得る事は出来なかったのは当然で、失意のまま常長が仙台に帰ってきたのは、1620年9月(元和6年8月)、石巻を出航してから実に7年の月日が過ぎていた。
 その頃の国内はキリシタン弾圧が盛んな時であったので、支倉の居場所は無く1621年52才の生涯を閉じている。

 この様に、政宗は何を目的で派遣したかは謎の部分も有り、一説によると軍事力を強めたスペインと同盟を結び、徳川幕府転覆を目論んだのではないかとも言われている。
 しかし、スペインでの支倉の評価は高く、2013年~2014年の1年間、日本・スペインの交流を記念し数百の交流事業が行われた。

 そして米沢でも今月の17日(木)伝国の杜にて「支倉常長聖誕祭」が開催され、スペイン大使館との交流会と支倉常長記念シンポジウムが開催される。
 立派なチラシや規模の大きい企画から、さぞかし米沢市の補助金が投入された事業で有ろうと「支倉常長生誕祭実行委員会」に問い合わせてみた。

 驚いた事に安部三十郎は頑として補助金支援を拒み、市からの援助は無かったという。しかし援助を拒んだ彼が、当日のパネリストとしてチラシに載っているので「歴痴の彼がパネリストである事に抵抗がある」と述べると「そう言われる市民が多数いる」とのことなので「何故断らなかったのか」と尋ねると「彼を出さないと運営上支障を来たす」との答えであった。

 この様に「金は出さぬが口を出す」とする彼の厚顔ぶりに嫌悪感を抱く小生だが、インバウンド(外国人旅行者を誘致する事)が重要視される昨今、誰も利用しない西條天満公園に200万円もの補助金を出すのであれば、スペインや仙台市との交流に補助金を使う方が遙かに有効と思うが「公金無駄使いが趣味」の彼には通じないようだ。

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