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鬼は退散せず

kage

2006/02/07 (Tue)

鬼は退散せず


 節分は恒例による「鬼退散」の豆まきの日だ。翌日は立春ということで豪雪に埋めこまれた人たちにとっては「春到来」の吉日のはずだが、立春とは中国古来の暦から発しているのだと知り愕然としたのは小生ばかりではなかったようだ。わが国でもわが国に合った暦を採用すべき時にきているのではあるまいか。いたずらに現実味のない暦で国民の祭事に用いているようでは脳のない話なのであろう。

 本会がホームページを開いてからアクセス数は19万を越した。掲載するものの多くは行政批判のため、その職にある人たちにとって節分は本会の「鬼退治」であったに違いない。
とはいえ本会は真実を求め、なによりも米沢市のつつがなき伸張を願うあまり一市民として行政に鉄槌を加えているに過ぎない鬼である。

 鉄槌を加えているのは、行政が必ずしも市民の方に視線が向いていないと思われるからである。
まず、安部市長よ、市長室前に掲げてある「自由の風」なる選挙時の手前陣営の 「のぼり」を撤去せよ。米沢市役所の評判を落としている実害の旗手だ。

 本年三月を期に退職の噂にあがっている部長級の職員は5~6名だと聞く。うち2名は定年退職だから問題はないとして、噂の4名の退職には「安部市長とはやってらんねえよ」という部長たちの本音も流れてくる。
「お前は選挙で大久保候補を応援した」との理由での配置転換や"いやがらせ"は市長選挙の後遺症として今も残り、行政の円滑化を欠いてきたようだ。
役人の習性として出世主義がある。そのためにゴマを摺りつづける職員もいれば、選挙時に手柄を立てて取り入れられようとする職員もいるだろう。そんな職員の命取りになるのが市長選挙時の去就だ。
かつて、長市長時には大手を振って市庁舎内を闊歩した職員たちは、高橋市政に変わり大騒ぎしゴマの摺り方に難渋をきわめたものである。
「一年間は人事に手をつけないほうがいい」とした小生の提言を高橋市長は一年間守りつづけた。そのせいであろう、以来、高橋市政の20年間、市役所内部で人事に関するもめ事はなかったように記憶している。

 安部市政になってからはどうだろう。
選挙公約で市長報酬を減額したのはいいが、新たな経費増となる参与制度を導入した。
その専任された参与がこともあろうに民間からの依頼講演で「安部市長は他人のはなしを聞かない人物で、何を考えているのか分からない変わった人だ」と評されているのだ。また助役選任では県との断絶を意味している。
 なるほど市長選挙時に対抗馬として立候補した斎藤浩氏は、元はといえば安部市長の選挙参謀であった人物だ。斎藤浩氏の立候補の本音は「安部三十郎の危険な野望」を打ち砕くことにあったと聞く。他人の意見に耳を傾けないばかりか、唯我独尊と時代錯誤もいいところのお釈迦さま的存在である。だから市長室前の「自由の風」なるのぼりを堂々と披露して恥じない市長である。自分にだけに吹く手前勝手な「自由の風」である。こんな市長は米沢市には要らない。米沢市民の多くの声を聞き給え「やってらんねえよ」という言葉の裏には「あの市長には仕えたくない」という切実な本音があるようだ。

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