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「置賜市」の実現を願う目黒市長(長井市)と無反応をきめこむ安部市長(米沢)

kage

2005/12/04 (Sun)

「置賜市」の実現を願う目黒市長(長井市)と無反応をきめこむ安部市長(米沢)

 数日前の朝刊は合併問題について目黒長井市長のコメントが載っていた。目黒市長は「合併問題は置賜全域規模で推進すべきだが、置賜地域の中核米沢市の意向が中心になる」と述べている。

 安部市長は合併問題について、公約だからといって市民からアンケートはとったものの、首長としての考えを述べることなくアンケートを実施しただけでその後の進展はなかった。
「ダメ市長だ」と、今になって市民の多くが落胆しているのだが、1期4年間では「改革」は出来ないとして、2期目を狙って立候補に意欲を燃やされているようで、 個人の意欲は自由だとしても、「人の意見に耳を貸さない」「反対意見をもつ人には徹底的に遺恨を持つ」人物だと噂が巷間に流れている。
在職2年目にして「何もできなかったビジョンなき首長」に市政2期8年を任せるほど米沢市民はヤワな市民ではあるまい。
 会津若松市は2度にわたり、市長を1期だけで市民により首のすげ替えがなされている。市民の感情を逆撫でするような発言をしたためである。福島県は自由民権運動発祥の土地柄である。以来、有能な政治家を輩出してきた県である。市民の中に政治意識がキチンと存在していて、米沢市民の如き「われ関せず」とした政治的無知さは見られない。

 郷土の英傑雲井龍雄がわが国最後の斬首刑に処せられたのは明治3年末であるが、翌年の明治4年に大政官(三条実美)布告により「廃藩置県」が行なわれ全国を3府72県に分割統治された。
 そのわずか4年後、明治8年に刊行された「小学・日本地誌・巻Ⅰ」の「建置」の項に目を通してみると、東京・京都・大阪の三府、59県に変わっている。いかに激動騒乱期を経て近代日本国が創世されたかがわかる。
明治8年59県の中には「山形県」「置賜県」「酒田県」の3県が名を列ねており「置賜県」の中核は米沢市であったことがわかる。
 このことから「置賜」の名称のもと大同団結の上「置賜市」を合併によって創設することが望ましいと思われるのだが、肝心の中核市米沢市長は無策にすぎるだけでなく、なぜかビジョンをもたない人物のようである。

 米沢市の助役選任は安部市長が横井氏を指名して県を驚かせたくだりがある。通常、県に助役候捕を願い出る場合、県幹部が相談した上で県からの出向という形で出すもので、数年の助役経験を経て再び県にもどり退職するというパターンがとられている。が、横山助役の場合、安部市長の指名であり、横井氏の希望でもあったことから県職員を退職しただけでなく、通例の助役就任でないことから県とのパイプは完全に切れている人物なのである。
元県職員だというだけのことで、むしろ安部市長の助役指名が県の反発を買った上に県とのパイプに亀裂が生じていることは否めない方向にあるのだという。
安部市政とは斯様な失策の連続なのである。

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kage


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