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自然の猛威と郵政台風に思うこと

kage

2005/09/08 (Thu)

自然の猛威と郵政台風に思うこと

 フロリダ半島を襲ったハリケーンの凄ざましさや、本土を襲った大型台風の恐怖の爪跡をテレビ画面で見るかぎり、自然の猛威の前には何と非力な人類であることか。
 自然の猛威から丸い地球を護らねばならぬ同じ人類同士が、何が不満で殺戮の日々を過ごしているのであろうか。どのように考えても賢い人間のやることではあるまい。
 置賜地方には台風の来襲もなく、さしたる被害を耳にすることなく、ご同慶の至りだが、他被害地の難渋からすれば、多少の「雪害」に苦情を言うのは慎むべきだろうと改めて認識しているところだ。

 さて「小泉郵政台風」は、「平成維新」と成りうるであろうか。
各党ことばを変えてはいるが、問題の根幹は「公務員の給与の高さ」にある。「小さな政府を作って歳出(人件費)を減らす」というのであれば、なぜ「公務員の給料をカッ卜する」と言えないのであろうか。
「賃金を是正する」方向に向かわず「公務員の人数削減」に力点を置いて論拠をややこしくしているだけのことだ。
 民間企業の実態を見ればわかることだ。本市の八幡原工業団地集まっている大部分の企業は正式社員を減らし「人材派遣会社」を通した臨時社員で成立しているような有様である。この現象がものがたっているのは「給料や社会保険料などの経費負担」が企業を圧迫しているからにほかならない。企業ならずとも家計のバランスを整えるためには支出を押さえるのは当然のこと。バランス感覚を野放しに浮かれてきたのが各省庁の「高級官僚たちと族議員たち」であることに異議はない。
 国民が「年金問題」に不審をもちはじめた最大の原因は「保険庁」と族議員による無駄使いの実態を国民が熟知したからにほかならない。
「道路公団改革」も族議員によってあえなく破壊され、審議委員はムシノコよろしく逃散、猪瀬氏ひとりが踏張っているという情けない有様である。
 各党各自がきれいごとを主張するのも結構だが「公務員の給料」が国の財政を圧迫している現況を国民に問いかけ「公務員の数を減らす方法がよいのか、給料をカットして官民格差を是正する方法」のいずれか国民に選択させることが先決であろう。膿は出さねば完治しないのである、政治家もズルサで固まっているから元凶たる「公務員の給料カット」を言い出す議員は一人もいないところに政治の空白を感じる。

 過日、本会に投書が入ってきた。米沢市議会議員の保険料未払い議員の氏名を報せろというものである。本会は未払い議員がいるのではなく、期日が多少遅れただけで会計締切りまでに完納しているから今さら問題にもならないという見解である。が、本会が許せないのは「個人情報」を新聞社に洩らした担当課の職員がいたことである。
 さらに担当課長は「公務員には秘守義務というものがあります。したがって課から漏れることは金輪際ありません」という返事であり、すべての課員は「ノーコメント」で取り合わないのだ。個人情報を握っている担当課は漏洩職員の追跡調査を行なうどころか、もみ消しに必死になっているのだ。
 議会を主に米沢市民に疑惑を撒き散らして大事件ですら、安部市長は知らぬふりを決め込んで嵐の過ぎるのを待っているという無責任ぶりだ。
 たしかに市民に範を示すべき議員が、国民健康保険料を遅滞するなどは許されることではあるまい。だからといって期日までの不払いというわけではない。違反行為をしたわけでもないから問題にするほうが卑しい。
 一方、知り得る立場の職員が、法を犯 して新聞社に漏洩した行為こそが市民にとって重大な不安材料を与えた人物として処分されなければならないはずだ。が、その不始末に一言の市長の謝罪がないのは、いかがなものであろう。

 かくのごとく、人間の価値判断は頂点に立った時に評価されるものである。常に責任や痛みを他人や部下に押しつけて、自らを一切問わないような人物を首長どころか議員などに選出する市民の資質に問題が問われることになっている。これが主権在民であり民主主義の根幹とされている。
 究極的には、どんな行政不審も首長・議員を選んだ選挙民の責任だということになって帰ってくるのだ。自分の手で投げたブーメランが手元に帰ってくるように、政治や行政マンは法に触れないかぎり責任はとらないものである。仮に法に触れるような疑獄事件に連座した政治家であっても、法務大臣の職権によって逮捕を阻止する逃れ方も用意 してあって、かならずしも国民は平等ではないのだ。
 高級官僚によって操られている政治家がいるかぎり、日本の政治はまさに戦国時代だともいえよう。

 11日は投票日だ。一票に願いをこめたいところだが、心のどこかにあきらめにも似た空虚さに苛まれるのはどうしたことだろう。
 真に国民へ問いかけるのであれば、争点をズラした「郵政改革」という言葉でゴマカスのではなく「公務員の給料」をカットとしなければ日本丸は沈没するのだと、数字を示して国民の判断を仰ぐべきである。政策の本丸という言葉よりは、本丸の本音の中身を国民に示すべきが道理というものであろう。
まず、国民保険制度に不信感を与えた元凶「保険庁」官僚の責任を問い、事によっては処分する厳しさを国民にしめして共感を得ることが先決であろう。
 おしなべて政治家という群像は、有権者という群像から一票一票を積み重ねた当選に足る票で生きている群像である。その場かぎりの実行も出来ない歯の浮くようなマニフェストを恥ずかし気もなく並べ立てる感覚にヘドがでる。
政治(まつりごと)に携わるに適した人物とは「責任と人間愛」をもち「広い視野」をもった人物であらねばならない。
 常に不思議な感覚に襲われるのは「なぜ、政党議員の全員が一斉に同じ方向に一致を見るのであろうか」党の中でも異論があってこそ生きた議員だということに理解できるのだが、野党各党のように党首の命令一下「右向け右ッ!」で右を向くようであれば、そこにもまた議員の資質に疑問が浮かぶ。むしろ、今回の自民党の分製のように党内にも種々の考え方があるのが望ましい党というものであろう。

 本地区の選挙に興味はないが、与えられた範疇でしか民主主義の参加が許されていない以上、それなりに考えて投票所に急ぐことにしよう。

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