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「困窮に耐えるのが美徳」か?

kage

2005/06/01 (Wed)

「困窮に耐えるのが美徳」か?

 今朝の毎日朝刊やまがたワイドに「私の山びこ学校」、こんな教育があったとして佐藤藤三郎氏のエッセイが掲載されていた。題して「私の芽を摘んだ鷹山公の教え」
 筆者は父の教えの「身分不相応」という言葉が私の芽を摘んだと言っている。この言葉は上杉鷹山公の信条であり藩民への教えであったと結論づけている。
 上杉藩の財政建て直しのために徹底的に厳しく「身分をわきまえろ」「慢るな」「上をむかずに下を見て暮らせ」と教え導いてきた。その教育の徹底ぶりは見事なものだった。
私は「窮乏に耐えて生きることが美徳」とするその教えにはいつも反抗の念をいだきつづけてきた。農業だった私の家庭は貧しさゆえに定時制高校に入学させることさえ父は許さなかった。「農家の倅に学問は不要」という父も学問を積んではこなかった。
 時代は変わって「身分不相応」などの言葉はもはや死語になった現在、それよりも村全体に子供がいなくなって村の存続すら望めなくなっている。それは鷹山公の教訓によって「身分不相応」なる言葉が藩民全体に根強く生き残ってきたせいか学問不要論が「身分に相応しない」として青雲の希望に燃える青年達が村を捨てたことにつながる。
 したがって後継者不足によって山国の農家は立ち行かなくなっている。鷹山公の「困窮に耐えるのは美徳」とした教えの明らかな裏返しであり、その教えの徹底さが藩民の心に残っていて、「美徳」さを守りぬいた村人たちの「村」さえも消えてしまう悲劇を迎えようとしている現実があるのだ。

 米沢市の人口流出にも鷹山公の教えが要因となっているキライがあるようだ。要するに米沢市は活気に乏しく暮らして面白くないところだとして青年達に嫌われているかと思えば、老人たちも核家族のために豪雪に耐えきれず米沢を離れたいものだと願っている。
「困窮に耐えろ」が鷹山公の教育方針だとしても変遷する時代の波は容赦なく市民に経済的な不平等感を増殖していき、ますます米沢離れがつづくようになってくるとしか思えない。
 議員による税の滞納をマスコミにスッパ抜かれ、市役所は「事実関係が定かでない」とお茶をにごす。三位一体政策によって米沢市の財政は逼迫し「予算がないから」と決まり文句で市民サービスは低下するばかりであろう。
 まず「入りを計り、出るを締める」のが本来の市役所の仕事であろう。その観念が市長には薄い。
 佐藤病院の進出を阻み、相も変わらぬ随意契約による無駄使いなどなど。失政にはこと欠かない米沢市の実態だ。これは市民の選択だから致し方ないとしてもリーダーに不適当な人物であるならば市民の手で変えなければなるまいが、市民にその勇気もあるまい。お上に逆らう者は「右翼だの、左翼だ」のと決めつけたあげくのはてはヤクザまがいの詐欺師扱いする市民性だ。
そんな風だから米沢市は「死への町」のそしりさえも受けるのだ。
 小生らの運動成果として米沢市が本来無償とした古紙を売却することによって本年度収入として4000万円が市の歳入となったが、本会を危険視する市民性とは鷹山公ゆらいの教育であったろうか。

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