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米沢市の古紙問題(7)「お上に逆らうことの不利益」

kage

2005/05/20 (Fri)

米沢市の古紙問題(7)「お上に逆らうことの不利益」

 小生の変わらぬ理念は「人は個人を超えなければならぬ時があり、公のために個を捨てねばならない時だ」として、己れの理念にしたがって行政の不条理に戦いを挑んできたつもりだ。

 かつて、国家の未来を信じて死んでいった維新時の若き志士たち、そして戦場に散っていった多くの戦士たちの思いはひとしく「公のために個を捨てた」のである。
 結果として国民は無条件降伏という敗戦で辛苦を舐めることになったが、彼らの死を犬死だったとするには日本国民としてあまりにも無責任な評価だと思っている。

 小生は本会(鬼の会)の代表者として、理念を同じくする会員同士とともに行政の不条理さを是正すべく意見を述べてきたが、行政担当者の不遜とも思える厚い壁は小生らが想定した以上に頑強なものだった。
同じ市民ではあるが立場を変えると斯くも感覚的に相違があるものかと半ばあきらめにも似た感慨に浸り切った時もあった。
 しかし、会員たちのすざましい励ましによって運動をつづけているが、市民の評価はマチマチなものである。「会長は右翼に繋がっている人物」だ、などなど悪評がたたみこむようにして聞こえてくる。
右翼的な思想や左翼的な思想に対しても小生らは偏見を持たないから、肯定も否定もしないが、噂によって思想信条を固定化されるのは甚だ迷惑だと思っている。
少なくとも小生には思想的な偏りはなく、正常な米沢市民としての感覚を持ち続けたいものだと思っているだけのことだ。
 米沢市の城下町の風土からくるものであろうか「お上に逆らう」ことは異端者のする所業として忌み嫌われるのを承知での行政批判だから、それは覚悟の上だから構わぬが、許せないのは「長いものに巻かれろ」主義をもって無難な生き方をしながら、他人の正常な所業だと信じて闘っている者に対して陰湿じみた批判を繰り返して止まない人達の根性だ。

 市民として「怒らねばならぬ時に怒る勇気は必要であり、変えなければならぬ行政であれば市民の手で改革せねばならぬものだ」その改革する前段として本会は提唱しているものだ。
いま米沢市に欠かせないのは知恵のある人は知恵を出し、力のある人物は力を公のために役立てようとする市民性の渇望だ。それ以外に郷士米沢市の進展が望むべくもないからだ。

 最近、米沢市長のリコール運動が某市議らの口端からのぼっている。だからといってリコール運動の先頭に立つ勇気もみられない。彼らには「公の前に個を捨てる」勇気に欠けている。こんなザマだから行政の不条理に対して意義を唱える気概さえもない。
 本来ならば古紙聞題の不条理を議会が取り上げ調査しなければならないスジのものだが、議員の大方は議員報酬を「生活給」化している現況に甘んじているから本来の議員に課せられた義務でさえも遂行しようとはしないのだ。
本会が取り上げるまでもなく議会が真摯になって取り上げねばならぬ問題なのであろう。

 だれしも正常な行政であれば行政批判などに時間を無駄に使いたくない。仕方なく闘いを挑んでいることで「会長は右翼だの左翼だ」のと勝手に解釈した話題は迷惑千万なものである。

 行政に楯突く人物とは城下町では危険人物として一括りするものであるか。

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