米沢市の古紙問題ふたたび(3)「一般廃棄物収集運搬許可は振り出しに戻る」

2005/05/16 (Mon)
米沢市の古紙問題ふたたび(3)「一般廃棄物収集運搬許可は振り出しに戻る」一昨年からつづいている「一般廃棄物収集運業の許可」問題は、簡単にいえば米沢市長の裁量次第ということになっている。
米沢市には現在13社の許可業者が活躍しているが、許可をもった業者と許可をもたない業者との差は一体どこにあるのか?
「再生資源物」は許可がなくとも集運搬は出来るもののそれ以外の「生ゴミ等」の収集運搬に規制があるのだ。ならば「生ゴミ等」を避けて仕事を遂行すればよいではないかという声も確かなことだが、実際には再生資源物だけの収集運搬をするうえに「生ゴミ等」が介在して実際には本来の業務遂行が出来ないでいるのが現状のようだ。
仮にホテルやスーパーの廃棄物処理に行った場合、目当てのダンボール類だけの収集運搬だけにとどまらず「生ゴミ等」の運搬も実際には課せられるのが実情で、仕方なく業者として応じざるを得ないことがしばしばある。
ところで生ゴミ等を千代田クリーンセンターに持ち込んだ場合、当センターは許可をもたない業者の生ゴミ等の処理に応じないシステムが出来上がっているので、許可業者に高い処理料で依頼するほかはない。ここに問題が生じているのだ。
許可を求めている業者の本音は、町内等の集積所に集まる廃棄物を収集運搬している業者の仕事まで欲しがっているわけではない。
その点を行政が勘案すれば事は簡単に解決するものだが、許認可権をもつ担当職員は頭が堅くて問題にならない。が、議会の追求によって、さしもの頑固な担当職員も許可を出す方向に傾き、今年1月14日の会合で6月をメドに産業廃棄物許可業者にかぎり許可を出す旨を報告した。
ところが、現在許可をもつ13社の業者が結束して市の担当職員に許可を出さないよう抗議する事態が起きた。
事もあろうに東京・仙台・山形・郡山等からオルグを召集し、担当職員を缶づめにして抗議するなど、はなはだ荒っぽい反対抗議が続けられた。
今月12日の担当職員との会話で一旦許可を約束した言質が「許可」を出さない方向に傾いていることを知った。あきらかに許可業者13社と数名の他市からの応援オルグたちの恫喝に考えをかえたものであった。
後藤クリーンは米沢市の代表的な処理業者だが抗議する言葉が奮っていた「これ以上、米沢市が許可業者を増やすならば、仕事の量が減って会社が成りたたなくなる。従業員をリストラする以外に営業の存続はない」また「米沢市から許可をもらって仕事をしてきたのだから、新たな許可業者を増やしたために倒産するようなことがあったら米沢市に損害賠償を求める」などと通用しないような文言を並べ立て、あろうことか担当職員に食事時間もあたえない抗議がつづけられたようだ。
担当職員は震えあがったらしく新たな許可を出すことを止めて、再び法律論を持ち出してきたものである。
[最高裁判所の判例]
松任市での許可問題について、昨年1月15日高裁判所が出した判決は許可をだすことも許可を出さないことも違憲ではない。
ちなみに、一審、二審ともに「許可を出さないのは違憲だ」としている。
米沢市の担当職員の頭は「許可を出さないことも違憲ではない」という判決を支持しているのだ。一審・二審ともに違憲だとしているのに、最高裁判所の違憲ではないという判決を支持することに固まり、許可をだすことの正当性を無理に捩じ曲げようとしているに過ぎない。
県の意見を訊ねてみるという職員に返ってきた県の意見も最高裁判所の判決通り「どちらの処置も裁量権者の市長にあるから、米沢市長の判断で決めるべきだ」と担当職員に伝えてある。
許可を出すことが米沢市民のためになるのか、従来のままで許可業者を増やさないことが米沢市民のためになるのかを考えて見るべきであり、決して己れの都合を前面に出して考えるべきではないはずだ。
得てして公務員という群像は己れの立場を擁護するために責任の所在を他に押しつけておきたいという習性がある。それがたとえ正義ではない行為だとしてもだ。
新しい事には顔は前を向いていても足は常に後を向いているという、淋しい職業の人たちだ。
かつて市役所に採用希望するなどは「でもしか族」だけの人間が選択する職業だった。
優秀な人材は競って実業界をめざしたものである。時代は一変して親方日の丸的な安定した職業と高給が時代の寵児として輝いているから、それはそれとして、現実にそぐわない給料体系に疑義さえもたないでいる。
そんなわけだから縦割り体系の中で、己れだけの保身に拘泥して新たな発想さえも浮かばないのだ。そんな風では米沢市百年の大計はおろか現実には市の衰退を見つめている外に手はないのが米沢市の行政の実態だと言っても過言ではない。
米沢市を再生させるためには、米沢市に埋もれている頭脳を掘り起こし頭脳集団を集結させ生きた頭脳を借用する以外に方法はあるまい。
自分たちが主役となって米沢市の活性と伸張が望めなかったことを謙虚に反省して、主体の座を交替する以外にないということに思いが至らなければ、米沢市は未来永劫にわたり沈滞した街として甘んじて行く外ないだろう。

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