問題が深刻化する終末処理場

2005/04/22 (Fri)
問題が深刻化する終末処理場以前、福島市で月刊誌の編集長をしておった時代に、白河市近辺の西郷村で産業廃棄物終末処理場の住民による反対運動が起こり、結果として廃棄物処理場計画が挫折した事件を追ったことがありました。
事の起こりは政治がらみで住民の目を眩まし村所有の山林を東京の業者「小松原財団」に村が貸し与えたものだった。
山林開発の使用目的は、ダートコースを利用して遊ぶ特殊自動車の遊戯場であり、そのための整地が出来、食堂・レストランも出来、村は都会からの遊客に期待を寄せていたのだ。
期待通りの客足は望めなかったとしても時間をかけてPRすれば村の活性化が実現するものだと村当局や住民らは考えていたようだった。
また開発者はホテルを建て大浴場をつくる計画だとして、大浴場の廃湯を村に提供するから「温室などに利用したらどうだ」ということで、近くの住民たちの有志がハウス計画を立てて、ホテルの完成をまち続けていたが一向にホテル建設の動きが見えない。
不審におもった住民たちが建設予定場所で目にしたものは、ホテルどころか工事しているのが廃棄物処理場の大穴であり排水場の濾過装置だった。
「これは終末処理場の工事現場で村は騙されたのだ!」と住民たちは大騒ぎ。当該の小松原財団の願問が大物政治家金丸信で、はじめ長野で企画に失敗して西郷村に変更されたものであることが発覚。騒ぎは大きく政治家を巻き込む反対派と村長の賛成派の争いに発展してしまった。
住民たちの多くは懐柔されて反対派は1名だけで執念の反対運動をつづけた結果、賛成派の敗退によって小松原財団が企画を断念した、といういきさつを記事にしたのを思いだす。
反対なら群れないで自己の信念で動くことだ。それが見えないかぎりにおいて真の設置反対を成功させることは不可能だと考える。
どの町でも斎場と終末処理場の建設には反対運動はつきものらしい。しかし町全体を考える時に不可欠な施設であることに異論をはさむ必要はない。
しかし両設備ともに住民感覚から「家の近くでなければ賛成だ」という公の立場より個の立場を優先させるためにもめにもめるのが実情だ。
計画中の終末処理場の建設に関しては住民と設置者の納得のゆく話し合いの上で協定書を結んで解決に向かう努力をすべきだと考える。
この反対運動を仕掛け扇動している裏に隠れた人物がいることはたしかだ。米沢の住民は他市からの扇動に踊らされないで、米沢という地域の便宜になるか否かだけを純粋に議論して解決の道を考えることであろう。住民たちは扇動者のチョウチンになってはいけない。
書込みには汲取り便所の位置についたものもあったが、こんな利己的な発想に意見を述べる気持ちになれない。

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