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鬼の撹乱というべきか

kage

2005/03/02 (Wed)

鬼の撹乱というべきか

 20才を基準にして50年間「風邪も寄り付かない男」と陰口を叩かれた小生の自慢は病気に全く緑のないことだった。
 在京の作家が「御地の雪灯籠まつりなるものを拝見したい」というので「来るなら防寒準備が必要」だと厳命して駅頭に友人を迎えそのまま会場へ案内した。依頼を受けた本を半年かけて仕上げ一息ついた油断も重なったものだろうか、折悪しく会場は濡れ雪まじりで無帽の小生を直撃したものらしい。その晩から高熱に悩まされつづけることになった。鬼の撹乱というべきであろう。

 枕元の携帯が引っきりなしに用件を運んでくる。体の節々がどんなに痛かろうが、会社を休むわけにはゆかぬ。フラつく体を引きずって出社を前にして愛犬の待つ6坪ばかりの犬舎に餌を運ぶ。超大型犬グレ-トピレネー犬夫婦とダルメシアンの雌がわが家の愛犬たちである。
 出掛けに電話が入る。ある新聞関係の知人からである。「元市長の叙勲に招待されていると思うが、何か君が挨拶でもする予定があるのかね?」
 そういえば高橋幸翁の叙勲の知らせが入っていたようだが、叙勲はひとりで喜んでいればいいはずのもので、人に散財かける筋のものでもあるまいと、出席するつもりもなかったのでテンから頭になかったものである。
 「まったく興味のないことだし、そういう場での挨拶要員は決まって出たがり屋がいるもんでしょうからね」と、電話を切った後で考えてみた。「なぜ、オレなんだろう?新聞社がなんで?」
 たしかに、私は同級生として髙橋の節目々に全力を投球し、はじめの市議選から、結婚式の司会役、そして票差わずか28票で市長に当選するまでの長期間、彼を支えることに半生を費やしてきたことは新聞社の知人のいう通りだ。
 「名市長だといわれる首長であってほしい」と、私はそれだけを言葉短く彼に望みを託して邪魔になってはいけないと行政に口バシを挟むようなことは避けてきたはずだった。そんな間柄だったから、叙勲のことは高橋自身が私に伝えてきたのであればそれだけの感慨はあったのかも知れない。
 叙勲といえば「人に順位をつけるのはおかしい」といいながら叙勲を受けたのは九里茂三氏だったが、NHKの名物アナウンサー鈴木健二氏は著書「人間の価値は何で決まるか」の中で叙勲に触れている。「何もしない老政治家が順位の高い叙勲を受け、地方の福祉や地域のために生涯を捧げた人が下位の叙勲に甘んじている。
 これが叙勲の実態である。こんな叙勲制度にどんな意味がこめられているというのだろうか」
 叙勲で喜ぶ人は心から喜ぶべきである。しかし、自分の叙勲のために他人を動員して散財させる祝賀会形式などはどうしてもなじめないものだった。 クラスメートからの誘いもあったが、私は自分の意志を大事にしたかった。必ずしも、彼が叙勲を受けるのにふさわしい人物であったのかどうか。
 そして退任間際さらに後の彼の行動に拭いきれない疑惑が私の目に残されているからだ。人間の価値はたんなる叙勲で評価されるものではなかろう。形があろうとなかろうと、己れ自身が地方行政にどれだけ真撃な力を注いできたか己れ自身が承知していることだろうから。他人が騒ぎたてることではあるまい。

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