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雪害と闘う精神を養う

kage

2005/01/18 (Tue)

雪害と闘う精神を養う

 理容所での若い理容士との会話。
「お客さんは災害リュックを用意されていますか?」「いや、準備していないな」と私。「地震や津波がやってきたらどうされるのですか?」「そん時はそん時のことさ」と私。「阪神淡路地震災害の時に用意したリュックの中身が使えなくなって買い替えしなくちゃ」という。 なるほど、若い人たちは報道に敏感なのだと感心することシキリだった。

 15日は久しぶりに青空がのぞき雪おろし日だった。二階の屋根に上っていつも考えることだが、屋根の上にあがって雪おろしをする人たちの中に若い人たちの姿が見当らないのだ。天気の良い日は雪おろしには絶好の日和だが、同時に若者にはスキー日和でもある。
年寄のひがみといわれればそれまでだが、昭和30年代までは雪下ろしや道つけは若者の仕事だった。朝起きて道路の道つけをしてからが朝食の時間であった。無論、雪おろしは小学生の頃からさせられたし、屋根から落ちるなどの心配は皆無だった。学校の低い校舎は小学生の手によっておろされていたし、無論会社などの雪おろしは社員たちの手になっていた。

 私の知るかぎり、米沢での最優良会社といわれた某社でも社員によって工場の雪おろしがなされていたが、ある年から「われわれ社員は雪おろしするために雇われてきたのではない。したがって作業以外、工場の窓ガラス拭きや雪おろし作業などは社員の仕事として認めない」労働組合からの申し出があって以来、窓ガラスは上司の仕事となり、雪おろしは外部委託となった。
それをキッカケに、社会一般常識とされていたものが、否定されて現在があるような気がする。

 時が流れ、毎年学校では年2~3回のスキー授業が恒例のようにはじまる。問題は伸び盛りの子供を抱えた親たちにとって、板や靴などの用品の準備や買い替えにどれだけの加重な負担が課せられていることか。
「スキーも準備できないような家庭の生徒はうちの学校にくるな」とのたまう高校教師もいたことも事実だ。百歩譲ってスキー授業を是としよう。雪のゲレンデを征服することは雪国に住む若者の特権として楽しいであろう。
だが、雪国には雪害を克服するという条理がある。この両面を教育するのが地域に根ざした教育というものであろう。ここに教育者に必要とする勇断が欠けていると思える。
 世界中、どこの国に老人が雪害と闘い、エネルギッシュな若者が雪害をよそに雪国をエンジョイしているだけの国があるだろうか。

 いま、求められるのは若き群像の自主的な発露による「雪害克服隊」なのである。雪灯籠の制作などに見られる陽の当たるような作業も大切なことだが、老人家庭が切実に願っている雪おろし作業などは、最も価値ある若者の社会貢献のための証といえるのではあるまいか。
官民に加えて若者たちのパッションに期待して雪害克服策を米沢市全体で考えて見る必要がある。雪おろしによる二次災害について異論はあるが、老人が問われないで若者の災害が議論の中心を占めるのでは片手落ちというものではあるまいか。屋根から落ちない作業をすることも人間の知恵として体感することが生きた教育だと小生は考えるものだ。


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