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己れは主にあらず

kage

2005/01/05 (Wed)

己れは主にあらず

 正月はテレビ三昧で暮らした。数ある番組の中から小生流に選んで観ていたのだが、教えられることの多い正月ならではの映像だったように思われる。
 まず、青春を駈けた箱根駅伝の熱闘は正に白眉、二日間は中継に釘づけ。シルクロード・ロブノール西南にあるオアシス都市「楼蘭の墓場」発掘。オペラ抜粋・カードマジックなど妻期待の紅白歌合戦には気の毒なことだったが、チャンネル権はひとまず小生好みの番組に集中。
 なかでも、京都の老舗旅館の家訓には教えられることが多かった。「己れは主にあらず」含蓄のある家訓である。薄っぺらな出たがり屋の多い世の中できわめて大切な教訓に思えた。落語の枕に「卜の字とは一の引きよで、上にもなり下にもなる」意味するところは己れの行動を諌める言葉なのであろうが、悲しいかな人は己れの下に人をつくりたがる習性があるようだ。
 地方公務員と一般市中勤労者の年収の差には3対1もの格差が見られ是正する方向にあるとテレビは伝える。昔から役人は一般庶民を一段下の人間として取り扱ってきたきらいがある。今はどうかと思うのだが、やはりそのサガは必ずしも修正されてはいないようだ。

 米沢市長の新春の挨拶はまことに夢のない言葉の羅列だった。だれが言ったか「男モナリザ」の形容にふさわしい市長の謎に包まれた微笑は緊張感に欠けた男の照れ隠しにも見えた。「市長専用車の廃止」はまだしも「図書館の開館時間を延長」にどんな意味があるのだろうか。
 許せないのは「観光事業」のクダリである。観光とは「ヨソ者を応対する事業である」。見かけない人たちに気軽に声を掛けるのも定かでない米沢衆である。いわゆる愛想の良くないザワ衆に最も苦手な事業だとはいえないか。
 それでも観光の街にするという強い意志があるならば観光哲学が必要となってくる。上杉の城下町を観光の基盤とするならば、まず「上杉の城下町」をほうふつとさせる「美観地区の設定」が大前提になるであろう。成功させるには行政主導型から民間型に改め、いわゆる「観光屋」の意見を拝聴することからはじめることだ。観光の主役は観光客であることに異論はないが、もてなすのは米沢市民だ。まず、米沢市民の意識の改革からはじめねばならないだろう。それには殿様商売から脱却した「己れは主にあらず」を実践することにあろう。
 米沢に不足するのは卓越した演出力にある。

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kage


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