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シンガポール陥落の秘話

kage

2004/12/17 (Fri)

シンガポール陥落の秘話

 天気がよいので久しぶりに会津の知人を訪ねてみた。
十数年来の知己の人たちはいつもながら集ってくれる。会津は付き合う人を頑固に選ぶところだから、おいそれとは知己の間柄になれるわけではない。小生がいう会津の人たちとは復古会の大肝入の五十嵐大祐さんであり、毎日新聞の名誉職員である伊藤利博氏らである。
 米沢では一文にも評価されない小生だが、なぜか会津では「米沢の親分」の称号が与えられている。同じことだが東京の劇作家の仲間では「山形の親分」と呼ばれ親しまれているが米沢での評価の差異を考えると不思議でならない。
 ところで会津では小生が顔を出すと、自然と酒盛りがはじまる。出席者の中に奇怪な風貌をもった人物がおられた。眼光するどく一部の隙も見せないような振る舞いから只者ではあるまいと思いつつその人物の故事来歴を詮索しないでいたが、昨日はその老人の過去を知ることになった。

 彼は第二次世界大戦中に中野学校から中国に入り寺の坊さんとなって間諜として働いていた人物だった。むろん国籍を剥脱されての諜報機関員で、シンガポール陥落の立役者だったことがわかった。
 「当時、山下泰文はイギリス兵とドンパチの上でシンガポールを占領しようとしていた。私はドンパチをやれば当方にも無駄な戦死者がでる。この戦さは私に任せてもらえまいか、と掛け合ったところ山下はドンパチやらずに占領する方法はあるのかと私に聞く。
 私は即座に水を止めればええと答えたんだ」当時のシンガポールには水が枯渇していたから、マレーシアからパイプで供給していたのだという。そこで私はマレーシアの水源を止めた。人間なにがなくても飲料水を止められたのではドンパチどころの騒ぎじゃない。ほどなく労せずシンガポールは陥落した。無論連合軍らに「ブラック・スネーク」の名をいただいて国際手配された人物だった。
 戦後、マッカーサーと会談することがあり「私は喘息でタバコが嫌いだ。貴殿がパイプを吸わないと約束してくれるなら会ってもいい」と条件をつけた途方もない人物との迎合だった。こんな人物の住む会津である。

 かつて「豚肉文化」の会津に米沢の芋煮を振る舞ったことがある。材料を会津に持ち込んで市長・助役らも含め20人ほどの人たちとの酒盛りとなった。デカイ丼で「うまい旨い」と酒もそこそこに二杯も食い続けたあげく言った言葉が会津人らしい頑固さだった。
「米沢の芋煮は牛肉だが、会津の豚肉でないと腹の座りがもう一つだな」とのたまう頑固なまでに郷土色にこだわる土地なのであるく。その点では米沢は住みやすい所なのかも知れないが「人の足をひっぱり、出る杭を打つ」などの作業にはめっぽう強い習性があるようだ。

 独立独歩の考え方が弱いから自分が出世するには邪魔になる人物にはご遠慮願う必要に迫られる。したがって人物の評価に狂いが生じてくる。
 他人の評価はともかく、自分の評価を正しく採点できる人物がリーダーとして社会に頭角を現すのであればともかく、自己採点もできないままの議員が多いことも不幸だが、住民監査委員らが住民の権利を蹂躙する行為も許せない。行政がらみの不祥事は天が裁くより早く住民の手で裁く日も間近であろう。

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