いやな渡世になりやした ①

2004/12/13 (Mon)
いやな渡世になりやした ①遅い雪のシーズンを幸いに、帰省中の文学の友を誘って川西町の湯槽に浸かってきた。料金は大人300円也。風呂場につづくロビーには地元の産物もあり、米沢から出店しているという喫茶部門もある。餅もあれば各種そば類も豊富だ。めずらしいものには子供たちに人気の大盛りの氷水があることだ。季節はずれかと思いきや温泉に浸かったあとの氷水は食指を誘うものらしい。 人造大理石の大浴場からの展望はすばらしく、ダリヤ公園の高台に位置してあることから花の季節には大パノラマが望めるのであろう。 創世資金1億円をベースとして創られた第3セクター方式の温泉保養設備であり、もちろん格安に宿泊設備も整備されている。温泉にゆっくりと浸ったあとは、畳敷きの無料休憩所で大型テレビを眺めながら足を伸ばして昼寝もできる。
小生らは生ビールを枝豆で飲みながら、テレビで女子駅伝を観戦ながら地元の人たちと歓談。合併問題になり、川西町民の多くは米沢市との合併は当然実現するものだと素直な考えを持っていたようだった。どこの市町村もそのようだが川西町の場合は特に町議員のご都合主義を優先させているということだった。 議員職というのは大変なメリットがあるらしく、議員定数が削減された場合議員職を失う危険性がはらむ。町政や町民のことを考えるなどの余裕はサラサラなく己れの失職が重大なのだ。山形・上山が典型的な議員エゴで合併が難破しそうな形相である。よほど議員職とはよかものらしい。
国がよくならないのは、議員たちが必ずしも国政に役立つ人物だけが選出されてこないからだ。市の命脈も同様、議会のチェックポイントがしっかりしていないのが何よりも優先する元凶だ。デモクラシーの崩壊は議員の貧しさとそれを慨嘆するあまり有権者が選挙の手続きを放棄することだ。
いま、国に必要なのは総理ではなく卓越したリーダーの出現である。同じように米沢市民が渇望するのは「リーダー」なのである。形だけの市長や参与はいらない米沢市百年先を見通せるリーダーの存在である。米沢市にはそれが無だ。と いって議会には補填するだけの力もなければビジョンもない。どうする米沢市民。

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