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広島の原爆投下記念に寄せて

kage

2004/08/06 (Fri)

広島の原爆投下記念に寄せて

 昭和20年8月6日、小学6年生だった私は蚕桑村(現白鷹町)に縁故疎開していた。当時の新聞がどう伝えたものか今では知るよしもないが、村の長老は「とてつもなく大きな電気爆弾が落とされたようだ」と、投下された場所も定かでない噂が村中に流れていった。
その物体が原子爆弾であり被災地が広島であったことを知ったのは、長崎にも類似被害が出てからのことであった。
 それでも日本が敗北するなど予想すらしなかった村の暮らしだった。8月15日、昼過ぎてから村でたった一軒の模型飛行機屋に組み立てセットを買いに行ったところで「日本は負けたんだゾ!なんで飛行機など作るんだッ」店主の激しい叱咤に恐れをなして逃げて帰ったが、帰りの畦道を歩きながらわけもなく泣いて帰ったことを妙に思い出す。

 原爆投下から今年で59年、広島に投下された原爆は「実は新潟県長岡市に投下されるものだった」と語るのは、上野駅で下り新幹線を待っていた私に話かけてくれた二人の長岡市民であった。「パールハーバーを攻撃した司令長官山本五十六元帥の郷里を狙ったもので、その日はあいにく厚い雲に阻まれて長岡市が確認されなかったことで、帰路の雲間から広島市が見えたことで投下されたものだ。長岡の市民の大半が信じていることだ」
 長岡市に確認してみた。が、教育委員会が編纂している「長岡の空襲」が刊行されるから教育委員会で確かめてくれろということで、教育委員会に確認の電話を入れた。「間もなく長岡の空襲誌は刊行されますが、原爆のいきさつについては市井の噂が根源になっており、事実確認は困難だと思われるので実行はしておりません。しかし、言えることは長岡の空襲については、広島・長崎や東京をはじめ大都市の裏に隠されて、あまり知られておらないことは事実です。本を読んでみてください。いかに地方都市にも被害が及んでいたかがわかっていただけると思います」

数日後、長岡の空襲なる書籍が届いた。
さすがに、原爆にちなんだ報告はなされていなかったものの、長岡市民が原爆の日が近づいてくると「広島市民に申し訳ないが、長岡でなくてよかった」と、安堵とともに祈りを捧げるのだという。原爆の朝がくると思い出す私の真夏の怪談である。

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