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「弱い善人は最も嫌いだ」。

kage

2004/07/21 (Wed)

 ここにきて色んな書込みが増えてきた。アクセス数も62,500と一拳に増えている。
結構なことだが、心労も同時に重なる。

いま行政に対して理が通らない古紙処分について追求している最中だが、議員や市職員からの評判は著しく悪い。
米沢市民として、お上のやることに批判をカロえることは、とんでもない奴だと決めつけられているようだ。
それはいいとして小生が常日頃、苦々しく思ってきたことを、はっきりと言いきってくれた経済学者がいる。

 その学者の名前は森嶋通夫氏。
ある新聞社の主催する経済関係の出版文化賞に氏が内定したので、担当者が「おめでとうございます」と受賞を電話で知らせたところ、氏は電話口で答えた。
「おめでとうとは受賞が光栄な場合に、第三者が使う言葉で、君の立場では受賞を受けていただけますかというべきだろう」相手は言いなおしたが、氏は「欲しくありません」と即座に断ったという。氏の回想録を読むと「私の胸は幾分すっとした」と述べている。
担当者の非礼は明らかだが、氏のへそのまげっぷりが徹底している。

 1979年7月号の文芸春秋に寄せた論文が物議をかもしだした。
「不幸にして最悪の事態が起きれば、白旗と赤旗を持って平静にソ連軍を向かえるほかない」「ソ連支配下でも、日本に適合した社会主義経済を建設することは可能である」と論じた。
ソ連が自滅し、北朝鮮が経済危機にあえぐいま、論旨の不明を笑うのは容易だが、きれいごと体裁で塗り固めた進歩的文化人とは一線を画した率直さが、氏の流儀であったと言えるだろう。

ノーベル経済賞の候補に擬せられた多彩な業績と、気難しげな面影を残し、氏は八十歳で死去したが、若い日に国家が軍部に引きずられる歴史を見てきたからだろうが、「私は弱い善人」が最も嫌いだと語録に残している。
氏が生涯を通して求めていたのは、大事な時に命を張って時の権力者に闘いを挑む人間であった。

小生が行政の間違いを糾すべく闘いを挑んでいるところだが、市民のための運動ではあったとしても、多くの善良な市民たちは、小生はじめ仲間たちをまさに悪人呼ばわりしている事実だ。
小生に面と向かってその言葉を吐ける人間がいたら歓迎し、言葉が正しければ尊敬もしよう。残念ながらザワ衆根性まる出しで、屋根裏で騒ぐしか脳のない「ザワネズミ」しか米沢にはいないのか。

小生は少なくとも英知をもって、米沢の青年たちに全国青年演劇大会で優勝に導き文部大臣賞を受賞させた。
また、広幡の青年団に請われて7年間指導して全国優勝という快挙を得させた。
自慢はしたくないが、米沢で演劇の指導および公演はゴメンだという気持ちが強く、少年時代から培ってきた劇作のための個人的な勉強に止めておくことにした。
外野の足まといが煩わしくて、郷里の演劇界を一時に高めた過去を捨て、雲の上の団体と思われていた「社団法人日本演劇協会」に推薦され、いまは劇作部のメンバーとして勉強できる安住の場にいる。
できれば上京して劇作三昧の生活が望みだが、小生に不似合だと陰口を叩かれてきた郷土一の佳人との暮らしを満喫してそれが望めないでいる。

いくら陰口を叩かれようと「男の価値は妻の値打ちにこそある」と信じて疑わない自分だ。小生を批判するのは自由だが、やはり「弱い善人」たちであり男らしく世の中の矛盾に闘いを挑むような人はいない。
見かけは「善人」ではあるが、表彰などにあこがれをもち、尻尾を振って権力者に擦り寄っていく弱いが善人たちなのである。
青年諸君、君たちが目標にすべきことの第一は、すばらしき伴侶を娶ることである。みめ麗しき女性は、男らしい男性に恋するものだ。
すばらしき男性よ、との評価を得るため、青年諸君もっと視野を広める努力をせよ。

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kage


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