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カリブの藍・ミクロネシアの青

kage

2004/07/08 (Thu)

カリブの藍・ミクロネシアの青

 各地で海開きが行なわれるシーズンとなった。海難事故のないことを祈るものだ。
きれいな海といえば日本では沖縄ということになる。が、能登半島の海もきれいな部類に入るだろう。
海に色を求めるならば昨年10月に訪れたメキシコ政府肝煎りのリゾート・カンクンのカスピ海の藍やミクロネシアの青一色に染め上げられた海の色は、日本では到底想像もつかない透明な色合いを見せてくれる。南国の太陽の強さと珊瑚瑚礁の白い砂からの反射も重なってこの世の色とは思えない。
海に縁遠い米沢市民にとっては、日本海・太平洋のどちらに出るにしても2時間30分の長旅になる。加えて炎暑の中を延々とつづく海水浴客の車の列だ。
クーラーで冷えきった体を休む間もなく海水につける。これじゃ体に負担がかかり疲労感が増すだけだ。帰りの事故は疲労感からくる居眠り運転が多いようだ。一時の解放感も大事だが、あたら命を開放しないようにほどほどの楽しみを。

さて、避暑といえば海水浴だけにかぎらない。深い森に入って森林浴もすばらしい命の洗濯になる。湖があれば楽しさが増量するものだ。幸い米沢近辺には適当な森林が無数にある。海でバーベキューと洒落るのもいいが、やはりバーベキューは山野が似合いそうだ。
気軽にテントを張って一夜を飲み語り明かすのも大人であればこその特権だ。野営の道具がなければ裏磐梯の環境庁のキャンプ場がいい。野営の準備も揃っているし、飲み物や食物の材料を里から調達してゆけば万事はOKである。
夜中には翼で風切るヒヨドリの生態、早朝から囀りはじめるウグイスの声など、山野ならではの癒しのプログラムが満載の世界が米沢市には手の届くところにある。 「遠い神様」よりは足元の「氏神様」の有り難さに目を向けることも地域民の知恵というものであろう。

万世小学校の校舎は「埋蔵文化財の保管場所」になっている。校庭は草むらのまま空き地になっている。
小生は以前、校庭に縦穴住居などの縄文文化を開陳することによって、学童の埋蔵文化開眼に寄与することが出来、加えて米沢市の玄関口として米沢市を訪れる観光客の視野にも米沢市の概要が映るのではあるまいかと行政に提言したことがある。が、行政の目には観光は水商売のやる事業ぐらいにしか解されなかった。
八シ岳のふもとにトンガリ遺蹟群があり、登呂にはキチンと整備された遺蹟がある。いずれも名所として人々の注目を集め観光客が絶えない。無いものねだりは出来ないにしても、地元から産出した文化財を披露するぐらいの努力はすべきものだ。

行政の文化音痴は伝国の杜にもいえる。仙台市の美術館では現在モネの作品展を開催しているが、モネを鑑賞するため炎天の中にもかかわらず長蛇の列はすざましいばかりだ。
上杉の財宝ではあろうが「人殺しの道具」展示は時代錯誤と思えないか。年間数億円の維持費を費やして何の博物館の存在意義があろうか。
小生は美術館を建設すべきだと提唱して12間にわたって市民とともに「文学と美術の旅」を続けてきた。山梨県立美術館のミレーをはじめラファイロ前派展や富山・福井近代美術館・長野美術館・信濃デッサン館・美しが原高原美術館・藤村記念館・上野西洋美術館.東京近代美術館などなど鑑賞し感動を深めてきたものだ。

行政は上杉の亡霊から抜け切れず上杉家個人の所蔵する文化財を財団に、上杉の当主を財団の理事長に仕立てあげ月100万円也の給料を支払うことで手を打っただけの安易な方法で造り上げたものだ。
博物館としてはおかしなことだが、能楽堂が異彩を放っている。が、元国立能楽堂主事を退職した小生の友人は米沢市にある能楽堂の存在すら知らない不思議さ。

 桜の季節には「桜街道」なる米沢市を除いた置賜の歳事が盛んに宣伝され大勢の花見客で混雑している。米沢の桜も他所に遅れをとらないものだが、なぜか「桜街道」は南陽市を拠点に白鷹町までつづいている。
そのわけを行政に尋ねたら「あれは二市二町のやっていることで米沢市はとくに参加していないのだ」と呆れた返事が返ってくる。主催市町村に頭を下げても米沢市も組み入れていただきたい」と依頼すべきだと思うが行政の観光文化音痴にはヘキレキするものだ。
米沢市の行政が向いている方向は「土木建築」である。うがった見方をすれば業者からのオコボレを期待しての行政指向ではなかったか。古参県会議員は本会議を無届け欠席して新聞に報道されるなど、米沢市の恥部は広がるばかり、このあたりから米沢市行政の隠された何かが匂ってくるのだ。

 たしかに「教育・文化や福祉は金食い虫」ではある。都会指向でコンクリートの建造物を増やしたからといって、名所となる建物ではない。
書込みにあるように駅舎はチンプなクラフト細工でありモーテルを想像させる建物である。黒川紀章が「モーテル風」と椰楡したのが悪口のはじまりであろうが、城下町という認識が発注者に少しでも介在していれば、駅舎の風情も町のシンボルにふさわしい建物になっていただろう。
ド田舎者が貧しい発想を実現させようとして他の意見を取り入れる器量がないことから後になって悔やむことになる。

 県は「紅花路」とうたって山形県の観光を全国にPRした。観光客は不満をこめて語る。「栗子のトンネルを抜けると山形県だ。だが、期待の紅花の姿はなく、聞くと寒河江市にはあるだろうという。観光客をバカにした話だよ」と怒る。
玄関口の米沢市には、どんな形であろうと紅花を咲かせて迎える気風が第一の義務であろう。行政は「企画と実情」はどうでもよいのであるか。

いいたいことは幾らでもあるが、公務員の中にもすばらしい発想をもつ人がいるに違いない。それらが表舞台に活用されないわけは、退職間近の部課長が「その意見はすばらしいが、オレが退職した後でやってくれ」と、部下の失敗によって退職金にキズがつくことを恐れているだけのことである。
市民への公僕意識があれば「すばらしい企画だ。存分にやってくれ、責任はオレがとる」などと励ます上司は万に一人もいなくなったということだ。

 本日、自ら悪党党主を名乗るハマコウの応援を受けて、必勝を期している自民党候補者がいる。議員としての資質はともかく、いやしくも現職の参議院議員が、TVタレント・ハマコウの知名度をあてにした選挙戦では、百年の恋も夢から覚める思いである。人には節操というものがある。まして公人たる者が卑しすぎる行為だ。
恥を知れッ!と、叱咤しなければなるまい。国会議員にしてその程度の政治感覚であるか。
ならば安部三十郎市長に注文をつける方が無理無体と承知すべきか。

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