長蛇を逸した米沢市の行政感覚

2004/07/04 (Sun)
長蛇を逸した米沢市の行政感覚谷崎潤一郎が歌を詠み、棟方志功が版画に彫った、何とも贅沢な中公文庫の近刊「歌々版画巻」がある。小生は谷崎が書いて棟方が彫った「鍵」の初版本をもっているが、いまでは珍本の部類に属するものであろうか。
かつて、木村県会議員が在職中に、美術館建設運動真っ最中の小生に提案したことがある。「どうせ米沢市に美術館を造る構想があるならば、世界中から来館するような館を策定すべきものだ。それには日本の浮世絵の本物を展示することだと思う」なるほど、東京でその一部を見たが、絹地に岩絵の具で書かれた浮世絵のすばらしさに驚嘆したものだった。
浮き世絵コレクションで著名な某資産家が収集した大型の逸品が50点あまり、当時の価格にして数億円を越すものだった。このコレクション、家族に興味をもつ人がなく売却の憂き目にあっていたものだった。
今、伝国の杜博物館が所蔵していたならば、米沢市は様変わりしていただろうと思われる。前市長にこの提案を持ち掛けたが「文化音痴」で知られる市長だけにケンもホロロで聞く耳さえもなかった。
ある劇作家の集めた蔵書が住まいとは別のマンションに二部屋ほどに山積みされて家族が困っていた。わが国でもこれだけの演劇専門著書を集めた人はいない。
専門といわれる大谷図書館でももたない書籍がメジロ押しに並んでいる「都会の住宅事情では困難だが、この書籍を大切に保存してくれる素封家はいないものだろうか」と、小生が相談を受けた。出来るなら「演劇図書館」にして内外の演劇関係者が来館するような米沢市にしたい。との考えから市長に提案したが、浮世絵すら首を縦に振らない市長が、米沢市に演劇図書館構想などは問題外だった。
結局、億単位の金で引き取られてしまったが、当該図書館は全国から訪れる演劇人で賑わっている。米沢市を変える材料として、二つの提案を理解できなかった前市長が長蛇を逸したことの過ぎ去った話である。

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