ある建設会社の懐古談から

2004/04/04 (Sun)
米沢市内ではばたく建設業者と小生の懐古談である。小生は「3月の期末近くになると、公務員たちが予算を消化するために、慌てて物品の購入や休暇の消化のために走り回る様子達見てきた。ところで、仕事の100%を達成なおこれだけの予算が余りました。と、公務員は何故そのことを誇りにしないのだろう。一般の企業では歓迎され、有能な社員であると金一封ものだがと、私はかねがね不思議に思いつづけてきた」と話したところ業者はうなずきながら「私どもの会社は毎日仕事を探して歩く小さな会社でしだ。無論、工事費も少なかった。ある時、友人の紹介で会社のトップにあい、ラッキーなことにその場で会社創立以来の大きな注文を受けたんだな。鬼の首でもとったような気持ちで会社にもどって報告した。会社は一丸となってその注文を受けることに決定して、無理な工期に挑戦して見事に完成させた。当該会社のトップもいたく感激されて礼を述べられ精算後本社に帰っていかれた。何分にも工期が切羽つまった状況だったので、精算は出来高勘定が条件だった。会社で精算したところ約束以上の金額を頂いていることがわかった。その時、私は本社にトップを訪ねて「工事金が余りましたのでお返しにまいりました」と、余剰金を受け取ってもらったことがある。トップは「前代未聞のことだ。業者が工事代金が余りましたとはねえ」感激したトップは以後工事の全てを弊社に任せてくれるようになったのですよ」全国各地を当該トップの発注を受けて建築に明け暮れたものですよ」と懐古談。公務員の余剰予算の消化活動などは、一般企業からすれば、いかにチャチな努力であり、笑う価値もない行為であるか知れるものだ。「役所では予算を残すと来期の予算が削られるからですかよ」おなじように庶民にない公務員には「雪下ろし休暇」という制度があり、昔は薪炭手当てというものがあったが、いまはどんな名称の手当てとされているか。役人はいったい手にした既得権などは手離すことなど決してしないものだ。

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