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楽しかるべき運動会は今

kage

2004/03/24 (Wed)

 楽しいはずの運動会にも各地で陰りが見えている。ある学校では生徒は平等であらねばならぬとの考え方から、ゴール順位をつけない学校があらわれた。なかでも自由平等が高じたせいか「よーい、ドン!」の合図とともに、四方八方バラバラの方向めざして走る生徒たちの姿には気が動転した。こんな運動会も楽しかろうが、ここまで自由・平等観念が必要なものであろうか。小生もそうだが、三人の娘たちも走ることには全く自信がない。それでも小生と違って娘たちは意気揚揚と運動会に出かけていって走り踊っていた。
長女は一緒にスタートした生徒が転んだので、起き上がるのを待って走るという具合。次女は遅いけれどゴールめざして懸命に走ったようである。三女にいたっては、ゴール手前で立ち止まり仲良しの友達を待って一緒にゴールするという按配だった。それでも鉛筆1本の賞品をうれしそうに家に持ち帰って大切にしたものである。

等級をつけることは必ずしも差別や不平等とはいえまい。走ることの得意な生徒にとって輝かしい晴れの舞台が運動会なのである。スポーツは参加することに意義があり、勝敗に拘泥することではないかも知れない。しかし、スポーツの醍醐味は勝利することにあるより努力した者が真の勝利者になれるのである。オリンピックはクーベルタンの意義を尊守して開催されるのであろうが、それは建前であり実際は国力の披瀝に他ならない。オリンピック選手の多くは小学校の運動会が出発点であることも考えなければならない問題であろう。勝者には勝者の誇りを与え褒めたたえてやるべきである。ハルウララ的な小生ら敗者は別の道で勝者たらんとするものである。大人たちの余計な平等論は子供心を傷つけるなにものでもないということを知るべきである。子供は大人が考えてくれるほどヤワじゃないのだ。幸い米沢市の運動会では等級もあり全く普通の運動会のようだ。学校と地域が共催の形をとっている学校もある。その点では米沢市の学校教育はまともだといえようか。そこで考えさせられることは、運動会や遠足の日は「ほか弁」や「コンビニ」の弁当が花ざかりになるという。まして「仕出し弁当」もあると聞いてはなにおかいわんやである。生徒にとって母親の手作りの弁当こそが「頑張りのエール」だと思えるのだが。

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