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商人は嘘をつく人間か?

kage

2004/03/17 (Wed)

 ある公立大学女性教授が常に口にする言葉を苦々しく聞いてきた。国立の大学教授をしていた母は「商人は嘘をついて人を騙す人間だから決して商人のいうことを信用してはいけない」と子供の頃から親に教育されてきたという。商人に気を許してはならないというその理由とは「安く仕入れて来た物を、高く売り付けようとするからだ。そんな行為は入を騙すことになる」これが母のいう商人不信の証拠だと語る。通常の社会ならば一笑に付されて済むことだろうが、実はこの問題は簡単に笑って済まされることではないような気がするのだ。
官僚や役人、とりわけ田舎者の市の職員どもに根強く残っている「儲け罪悪感情」というものがあるからだ。商人は儲けるのが生業であり、人を騙して利益を得ているわけでもあるまい。正当な報酬として常識的な掛け率で商っているわけだが、特にお固い職業についておられる方は承知しないようだ。仕入れ値を隠して高く売り付けるという論理はおかしいのだが、「儲ける」という言葉や行為自体が嫌われているようだ。彼らは働きの量で給料をもらう経験がなく、時間の経過とともに自動的にもらえる給料に慣らされているから、多少の不満はあってもそれ以上は我慢の子でいて、自分の価値観を的確にとらえることができないでいる。市井の人たちの努力に比べればさして努力もいらないしする気力も育っていない。商人は仕事の量によって収入の高低があり、現在のように不況風が長くつづけば銀シャリから大根メシで耐えなければならない。公務を司る市職員らに切羽つまった苦労がない。

祭りの賑わいは香具師らの活躍があるからで、町の活況は商人が売場を展開するからだ。織田信長は岐阜統一にあたって、楽市楽座を開き全国から商人を、呼び城下町に賑わいをもたらした。その中で商人たちがもっている各地の情報を手にいれていた。信長は商人を大事にしたゆえんだ。

このたび、超ゲルマニウムの体感体験会を東京の研究所から専門講師を招いて、20・21の両日アクテイ米沢を会場に開催することに決まり、その教宣のために作成したチラシを数枚もって置賜総合文化センターに持ち込んで驚いた。「この建物は公共の場であるから、利益につながるもの、または社名の入った印刷物は一切お断わりする」と一蹴された。利益を生む行為や社名のPRに準ずるものは公共とは一線画したものであるという理解である。米沢市民が米沢の会社・商店が広く市民に知られて何が不都合であるか。市民の営業活動を支援するのが行政というものであろうが阻止しようするのは何故だ。「決まりがあるからだ」と頑張る職員。そして「緩和する動きがあるからそれまでは」と抜かす。教育委員会に属するナントカ課長の言い分だ。

役人というものには本質的に「利益を得る行為を卑やしい行為」だとする考え方が根強くあるらしい。米沢市を形成しているのはコッパ役人だけではない。農工商それぞれに従事している人たちが、それぞれの立場を堅持して市をつくりあげているのだ。その農工商のつつがない活動を不況のどん底に落としているのは、租税でメシを食らっている公の職業だとする市職員・商工会議所はじめ市会議員らではないか。大手スーパーが乱立し、大規模商店の進出に縛りもかけず、市民には便利ではあろうが、そのために店舗を閉じた数は無数だ。

無差別に大型店舗の進出を許す前に、小店鋪ながら永年商いをつづけてきた店が無残にも消えていく姿はもう市民にやさしい行政でなかった証左だ。

市民の消費した金は肝心の米沢市にとどまらずその日のうちに他都市に運ばれていく。商人の痛みがわからないようなコッパ職員に告ぐ。一市民として糾弾せねばならぬことがある。職員と一部業者との癒着関係だ。市の態勢が崩壊するだけのネタが此処にある。少なくとも米沢市を訴訟するだけの準備は整っているのだ。

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