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修身が教えたトップの心得

kage

2004/02/19 (Thu)

 戦前戦中の小学校には「修身」という科目があった。その中で勤労と勉学を同時に果たした二宮金次郎があり、嘘をつくのはよくないとした狼少年の逸話などを学んだ。中でも仁徳天皇の竈の煙が印象的で60年を経た今でも鮮烈に覚えている。大和朝廷の統一がすすむ以前の小国家時代に16代天皇として仁徳が即位。天皇は館から村をながめ、家々のかまどから煙が立ちのぼっている風景を見て「この村にも平和が訪れた」と、ことのほか喜び安心したという。
あの帝国主義時代に修身という科目を通して小学生にさえ「上に立つ者の心得」として日本人の心の教育をしていたものである。  敗戦後、新生日本の教育だとして古い制度や教育方針を廃棄してきた。崩落した戦後復興のためとはいえ経済至上主義が最優先され、教育の退廃と学歴偏重社会を産出した。「国旗や国家を認めない国」として誇りさえも失って平常心の教師たち。戦勝国おしきせのPTAなるものの運用は父兄が拠出した会費を教師たちが都合よく使うという組織が現実のPTAという姿なのだ。昔ならば生徒の前で醜態を曝すなどの行為は一切なかった教師だったが酔いにまかせて「オレ達だって労働者だ!」と、のたまってマナーも低下する一方だ。
高校生に「タバコを吸うな」と厳しい処罰を言い渡す職員室に乗り込んで、「生徒にタバコを禁止させたいならば、先生も学校でタバコを吸うのは止めるべきだ」と抗議したことがあった。多くの教師は「オレたちは大人だ」といわんばかりの態度でせせら笑ったが「キミの言う通りだ」と納得して禁煙を通した教師は、後に北海道大学に教授として招かれて行かれたが忘れがたい恩師だった。現在、度を越した教育の退廃に英断をもってナタを振り下ろすという英知もなければ勇気もない。
国家の宝はリリシズムあふれる教育を身につけた人物であろう。他人の痛みを分かち合える豊かな心をもつ群像こそが終身教育の目的であったはずだ。
今、早急に復活させるべきは修身の教育であろう。坂道を転げおちていくような教育の悪化に憂いを残しながら人生の終焉を向かえたくないものだ。

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kage


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