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観光業者と名乗る御仁へ③ (服部善郎氏へ)

kage

2024/01/04 (Thu)

観光業者と名乗る御仁へ③ (服部善郎氏へ)

◆作戦その2・「最上川上流」を売り込もう。
【前稿より続く】
 ②最上川舟運-米沢で最上川を語るに、米沢藩京都御用商人「西村久左衛門」を欠かすことはできない。彼は当時、人力・馬力による陸路運送で江戸・関西に運ばれていた米沢藩特産物の米や青苧等を、最上川を使って運ぶことを藩に具申するも、それには莫大な工事費が掛かることで財政難の米沢藩に断られた。
 すると、自費・自力で開発することを藩に申し出て元禄6年(1693年)海運を妨げていた岩場を掘削して、米沢から左沢までの舟路を開いた。米沢から酒田までの舟運が開けたことにより、荷は北前船で関西・江戸に運ばれ、物流・経済・文化が大きく発展したことで、最上川は「文化を運ぶ道」として山形県に大きな影響を与えた川である。

◆作戦その2・「母なる川・最上川」を売り込もう。
 ①国交省・山形県で制作した「最上川・西村久左衛門の苦闘」と題するテレビ番組は平成8年に放映され、全国から大きな関心が寄せられた。
 最上川には、各地に数多くの物語があるので、約30年経った今、再び国交省・山形県に「最上川物語」のテレビ放映を働きかける。

 ②最上川の画集と写真集のコラボレーション-最上川がテレビ放映された平成8年に小松均・真下慶治の「母なる最上川展」が山形美術館で開催され、その画集が発刊された。
 真下慶治は若くして画家を目指し、山形大学教育学部美術科教授を退官して晩年まで最上川に立ち続け、最上川を題材とした作品が多数ある。小松均も最上川を題材とした作品を多く残している。この二人の画集にドローンで撮影の写真集をコラボし、絵画と写真集の発刊をする。

 ③自治体各地が、この「最上川大作戦」に参加し、連携する。

※以上が「最上川大作戦」構想の簡単な説明だが、お気づきのように米沢市に限定したものでなく、源流から河口まで、各地の物語を取り上げる構想なので「大作戦」と名付けたが、これは国の『地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する』を目的とする、地域連携DMOに相当する。
 お分かりのように、一個人や一自治体で出来るものではなく、米沢市と県が連携し国の援助を仰がなければならない。
 はっきり言えることは「現観光課職員では不可能」と言うことだが、近藤新市長は吉村県知事とは相性も良いので、市長に「最上川大作戦」構想を話してみたい。

【続く】

この記事へのコメント

kage

もう一つの最上川の源流?

松川の上流になるでしょうか?栗子川や刈安川は、栗子山が支流になっているのではしょうか?
風力発電計画のある栗子山のすぐ近くを通る万世大路の栗子随道は、経済産業省の「近代化産業遺産」などに認定されていて、観光客も訪れる場所になっていますので、是非、最上川観光の一つに加えて下さい。
となると、このような場所に風車を建てて良いものでしょうか?

Posted at 00:01:05 2024/01/08 by 県外来人

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kage


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