河井継之助を知っているか③

2022/05/28 (Sat)
河井継之助を知っているか③河井継之助・小林虎三郎の精神を引き継いだ長岡市ではあるが、山本五十六元帥の生誕地との理由からか、昭和20年8月1日125機のB29編隊の焼夷弾により旧市街地のほとんどは焦土となった。
戦後、戦災復興と戦災殉難者の霊を慰める目的で花火大会が催され、現在は「長岡まつり大花火大会」と称し、毎年8月2日・3日に開催される。
花火師の競演である大曲や、世界一の4尺玉を打ち上げる片貝などの花火大会も観たが、迫力という点では長岡が1番と感じている。コロナの影響で2年間取りやめになっていた「長岡まつり大花火大会」が今年は開催決定されたので、早速ツアーに申し込んだ。
元2万4千石であった小藩の長岡市が、現在は人口28万の新潟市に次ぐ都市と発展して2日に亘る花火大会を開催しているが、それに掛かる莫大な費用を負担する公共団体・企業団・そして住民のパワーには恐れ入る。
元120万石の上杉氏が30万石で米沢に移封され、世継ぎ問題では15万石に、そして戊辰戊辰戦争後には14万7千石に減封となった米沢市は、現在人口8万人弱である。長岡市との違いは何だろうか?
写真は長岡市役所である。一寸分かりにくいが、建物は複合施設として民間の営利会社も入っている。そして右側の写真は一階に設けられたガラス張りの市議場で、表からは丸見えであり、このような発想力の豊かさと前例のない事象を取り上げる柔軟さに驚愕した。



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