伝統文化

2020/01/24 (Fri)
伝統文化旅行会社企画のツアーに参加し、21日は「大相撲1月場所10日目」、22日は「新春歌舞伎」と日本の伝統文化を楽しんだ。
前回、大相撲本場所を見たのは5年半前、石油元売最大手のENEOS社長の招待により、正面升席のA2からテレビに映る同じ角度で、白鵬・鶴竜・日馬富士の土俵入りを見ることができ、感動もひとしおであったが、今場所は休場により横綱土俵入りがない上に、升席でも東B17と土俵からはかなり離れていたため前回のような感動はなかった。
しかし「貴景勝」対「炎鵬」の取り組みは割れんばかりの声援で会場は大いに盛り上がり、印象に残る一番であった。
「貴景勝」は貴乃花部屋に入門し、四股名は父が上杉謙信や上杉景勝を崇拝し、本人も両名を崇拝していたことから上杉景勝の「景勝」と貴乃花の「貴」貰って「貴景勝」にしたという。
ところで、2年後には米沢初代藩主上杉景勝公の400回忌に当たるが、それに因(ちな)んだ催しの話は耳にしない。
数年前の伊達政宗公生誕450年で仙台市は様々な催しを企画し、多くの観光客を動員したが、政宗公の生誕地である本市は「仙台に竈の灰汁まで持って行ったので何も無いから・・・」と中川市長はイベントを行わない方針だったが、議会で問題となりシンポジウムでお茶を濁した経緯がある。
歴史の節目の年には各自治体がイベントを企画して流入人口の増加を図るのが常套手段なので、本市でも上杉景勝公400回忌を記念して「貴景勝、上杉景勝公を語る」と題する講演会を行いたいと友人に話すと、「力士は”ごっつあんです”位しか喋れないのでは?」と言われたが、貴景勝は東大を目指す程の学力があったと言うからその心配はないだろう。
相撲協会が現役力士の講演会を禁じているのか分からないが、2年後に横綱になった貴景勝が初代米沢藩主の当地で上杉景勝公を語れば、マスコミも大きく取り上げて当地への誘客に寄与するのではないかとの思いを馳せらせた「貴景勝」対「炎鵬」の一番だった。

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