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元帥と呼ばれた男①

kage

2019/09/16 (Mon)

元帥と呼ばれた男①

 元帥と聞いて木村武雄元代議士を思い浮かべる人は数少なくなったのではなかろうか。 氏は1926年に明治大学政治経済学部卒業。米沢市議、山形県議を経て1936年の第20回衆議院議員総選挙に当時最年少の32歳で初当選し、1972年には第1次田中角榮内閣の建設相兼国家公安委員長に就任した。
[元帥=大将よりも更に上位で軍隊における最上級の階級だが、氏は軍人ではなく喩(たと)え]

 9/13に米沢・置賜経済人クラブ主催の講演会「父、元帥の生きざま」を聴講した。講師は言わずもがな元県会議員の木村莞爾氏である。
 莞爾氏曰く「元帥は権力に抗い権力を創った」という。即ち国家の益ににならない指導者を倒し、新しい指導者を創ったと言うことだが、事実、池田勇人宰相以後、佐藤・田中両宰相誕生の際には黒衣に徹して辣腕を振るい、その功績から首相に意見できる数少ない人物であった。

 元帥は国道121号線・国道13号線(万世大路)を改修し、我が国第1号の八幡原工業団地(1975地域振興整備公団)を作るなど、我が米沢への貢献度は絶大なものがあり、それに米沢には黒金泰美代議士が1962年第2次池田内閣で内閣官房長官として初入閣するなど全国的に見てもその政治力は群を抜いて強力にして本市発展の好機に恵まれたが、黒金氏は吹原産業事件に巻き込まれ力を失い、企業誘致の最大のチャンスであった八幡原工業団地は、その時の米沢市長が革新系の長俊英氏であった為、大手企業は米沢進出をためらったとも聞く。

 しかし、八幡原工業団地の貢献により本市の工業出荷額は東北で1~2番を維持していたのに、ここ四年間で出荷額は東北はおろか山形県でも今年3月に東根市に抜かれるなど惨憺たる状況を招いている。

 東根市の市長は土田正剛氏だが、首長の力量により地方都市でも発展が可能の具現化ではなかろうか。 あと2ヶ月で米沢市長選が行われるが、各立候補予定者のリーフレットも出揃ったようなので、書いてある公約(マニフェスト、アジェンダ)に刮目しよう。 

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