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戊辰戦争と明治維新④

kage

2018/01/17 (Wed)

戊辰戦争と明治維新④

 戊辰戦争から10年ほど遡り、もう一度戊辰戦争までを復習してみたい。

■1858年 日米修好通商条約
 江戸幕府の大老、井伊直弼は、日米修好通商条約に調印し、神奈川・長崎・兵庫・新潟の港を開き、自由に貿易を行う日本の開国近代化を断行した。
■1860年 桜田門外の変
 井伊直弼は、吉田松陰はじめ、開国に反対の尊皇攘夷派(天皇を尊び、外敵を斥けようとする思想)を厳しく粛正したことから反感を買い、水戸藩士に暗殺される。
■1862年 京都守護職の設置
 桜田門外の変の後、京に過激な尊皇攘夷派が集まり、治安が悪化した事から、幕府の命を受け「会津藩主・松平容保」が要職に就く。
■1863年 八月十八日の政変
 会津藩主導にて、長州藩の過激な尊皇攘夷派を京より排除する。
■1864年 池田屋事件
 長州藩の過激な尊皇攘夷派は京に火を放ち、天皇を拉致しようと会談しているとき、新撰組に踏み込まれ、首謀者は粛正された。
■1864年 蛤御門の変
長州藩は、京都守護職の会津藩を滅ぼそうと武力を持って侵攻したが、会津藩・薩摩藩協力の抗戦にて長州藩は敗戦し、以後朝敵となる。
■1866年 薩長同盟
 これまで「公武合体派」(天皇と幕府が協力して政を行う)として、会津藩と行動を共にしてきた薩摩藩が、事もあろうに、これまで敵対してきた長州藩と手を結んだ。(坂本龍馬の暗躍)
■1867年 孝明天皇の崩御
 孝明天皇が崩御し、代わってまだ15歳の少年、睦仁(むつひと)が天皇となる。(公家の岩倉具視の台頭)
■1867年 大政奉還
 幕府の衰退と、薩長の勢力拡大に、第15代将軍徳川慶喜は明治天皇に政権を返上したが、明治天皇には政を司る能力は無く、新政体のもとでも幕府は実権を掌握出来る状態にあった。
■1867年 薩摩藩の幕府挑発
 薩摩藩は、武力闘争によって幕府を滅ぼそうと、江戸で放火や強盗の挑発を行った。江戸警護に当たっていた庄内藩は耐えかねて薩摩藩邸を焼き討ちしたことから、幕府と薩摩藩の交戦気分が高まった。
■1868年 鳥羽・伏見の戦い
 徳川慶喜は長州征伐のため大阪にいたが、江戸の庄内藩の行動に触発され、会津藩と共に京の鳥羽・伏見にて薩長軍と一戦を交えるが、朝敵であったはずの長州が「錦の御旗」を掲げた事から、幕府軍の士気は下がり、惨敗に終わる。(岩倉具視の暗略)
■1868年 江戸無血開城
 勢いづいた薩長藩は江戸を攻め落とすべく軍を進めたが、勝海舟と西郷隆盛の会談の結果、争う事無く幕府は新政府に江戸城を明け渡した。
■1868年 奥羽越列藩同盟
新政府は恭順の意を示す会津藩を認めず、討伐の軍を進める事に、奥羽越諸藩は奥羽越列藩同盟を結び、政府軍と戦った。
■1869年 箱館戦争
 五稜郭の戦いで幕府軍と新政府軍の戦争は終結するが、1869年は己巳の年のため、「己巳の役(きしのえき)」とも言われる
【続く】

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