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東京の友人の友人氏へ[義経と日蓮]

kage

2017/08/27 (Sun)

東京の友人の友人氏へ[義経と日蓮]

 当ブログ8/22掲載の[歴史四方山話②]に、東京の友人の友人氏より「日蓮生誕は義経没後である」とのことから、内容の齟齬を指摘いただいた。
 義経が亡くなったのは1189年6月15日、日蓮が生まれたのは1222年2月16日と伝えられているので確かにご指摘の通りである。そこで、歴史や伝承に詳しい方に伺ったところ、次のような見解が寄せられた。

『八幡神社の由来書では、創建時期は。源義家が後三年の頃京都の岩清水八幡から請来。
 妙圓寺創建は日蓮没後二十四年目の嘉元四年に開山、同年八月「正八幡大善薩開眼供養」と伝承。
 「柳町八幡堂」は先に建立されており、鎌倉後期に八幡堂別当寺として妙圓寺が開山され、八幡堂伝承を継承したのではないか。妙圓寺の住職による夢を重ねて日蓮大聖人として現在に伝わったものか、又は、前代の法相宗当寺本尊薬師如来像を後の別当寺が日蓮像にすり替えて伝承されたのではないか』

 昔話や伝承であるので、年代に齟齬があるのは致し方ないが、もしこの伝承を公に本市の観光素材に取り上げるのであれば、一考を要するものと考える。

 以上の話は伝承の類いであり、史実と違っても許される話だが、国史蹟指定の「舘山城」に関しては、6,000万円の公金を投入した発掘調査なので「舘山城は現在の舘山発電所に存在し、伊達政宗が築城(改築)した。政宗が岩出山に移封されるとき、破城した」とする手塚孝職員の捏造話は容認できない。
 
 以下は情報公開条例にて、教育委員会から得たものである。
政宗関係2

 以上から分かるように、舘山発電所に伊達政宗の築城を証明する資料は無く、先人による調査の結果は何十年も前に、吹屋敷入り口に写真のように看板で表記している。
吹屋敷入り口 政宗築城看板

 
 伊達政宗生誕450年を機に、この看板を目立つ物に変えたいと観光課に提言しているが ・・・

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