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東京の友人の友人氏へ[歴史四方山話②]

kage

2017/08/22 (Tue)

東京の友人の友人氏へ[歴史四方山話②]
前述より続く、

◆ 妙円寺目洗い池伝説。
 豪族どもを蹴散らし、目に傷を負った鈴木三郎重家を気遣いながら一行は町中の妙円寺(旧柳町)へと辿り着いた。
 時の妙円寺は奥羽での日蓮宗拠点の大寺の一つであり、境内には綺麗に澄んだ霊泉が湧きだしており、鈴木三郎重家はここで傷ついた目の治療をしようと、この霊泉で目を洗ったところ、またたく間に痛みが取れたのであった。
 その後、寺の住職から、真っ白な絹の布をもらい受け、傷を負った目をこの布で縛り、お礼を言って妙円寺を後に、義経の忠臣であった今は亡き佐藤嗣信・忠信兄弟の母の待つ花沢舘へと向かったのでありました。
 そして花沢舘に到着し、再度三郎重家の傷の手当てをしようと、絹の布を解いたところ、あらあら摩訶不思議、あの重傷の傷跡がまったく跡かたも無く直っていたのでした。
 この事に驚きはしたものの、取敢えずは妙円寺の和尚にお礼を言いに戻ったところ、妙円寺の和尚は、「その時、私は檀家の法要に出かけていて留守にしていた」との事、不思議に思い霊泉の湧きだす池のたもとに行ってみると、前まで立派に両目が開いていた金魚の片方の目が潰れているのでした。
 これは金魚が身代わりとなって目の傷を負ったのではないか、そして先ほどの住職は誰なのかと話していると、本堂を見た本当の住職が、本堂に安置されてある日蓮大聖人の両手に、先ほど頂いた真っ白な絹の布の片方がのっているのでした。
 さては、先ほどの住職の姿をした和尚は日蓮大聖人であったかと、みな驚き、有りがたく御礼を申し上げたのでした。
 それから後、この霊泉湧く池に魚を放すと、全て片目となるのでありました。
 其れから後の世に、この池で目を洗うと目の病がいつのまにか良くなっているとの伝説が生まれ、今につづいているのであります。

【続く】
 今、その泉は写真の状態であるが、小生は補修してまちなか回遊観光に利用したいと考えている。
片目の泉

この記事へのコメント

kage

日蓮大聖人が誕生されたのは、義経没後と思われますが、いかがでしょうか。

Posted at 22:51:15 2017/08/23 by

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kage


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