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長岡市[米百俵]

kage

2017/08/04 (Fri)

長岡市[米百俵]

米百俵群像 長岡藩の「米百俵」の話はつとに有名である。左写真の群像の説明によると、
『北越戊辰戦争で焦土と化した長岡に、支藩の三根山藩から見舞いの米が百俵送られてきました。食べるものにもこと欠く長岡藩士にとっては、喉から手が出るほどほしい米でした。しかし時の長岡藩大参事小林虎三郎は「食えないからこそ、教育をするのだ、学校をつくるのだ」と米を売り払い、その代金を国漢学校にそそぎこみました。
 この故事は「目先のことにとらわれず、明日のために行動する」という精神風土を長岡に根づかせ、未来を担う新しい世代を育む思想の原点となりました。』
(群像は「米を分けろ」と迫る人々に虎三郎が切々と説いている場面)

 長岡市界隈は戊辰戦争の激戦地であり、長岡城の争奪戦等により、米沢藩の死者も120名を超えたとの記録が有る。この時、長岡城下は戦火に見舞われ焦土と化したが復興するも、昭和20年のアメリカ軍長岡空襲により焼夷弾が大量に投下され、これにより中心部市街地の約8割が焼失した。何故、長岡が空爆の対象となったかは「山本五十六」の出身地であると言われ、原爆の投下も検討されたとの説もある。

 かように長岡は戦災にもめげなかったことから、市の紋章は不死鳥をイメージして、「長」の文字を図案化したものになっている。

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