2017 11 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. »  2018 01

舘山城のこと②

kage

2017/05/15 (Mon)

舘山城のこと②

 毎日新聞5/14に『「大窪砦」は伊達の山城!?』の記事が掲載されたが、記事提供者は問題の手塚孝職員一派である。
 手塚孝職員は、舘山発電所跡を「伊達政宗普請の主郭」説をぶち上げ脚光を浴びたが、史実とあまりにも矛盾点が多いことから、米沢市文化課は手塚説を封印して現在に至るが、諦めきれないのが手塚職員と、「伊達政宗普請の主郭」付近地主のO氏である。

 そこで「舘山城保存会」を結成しては付近の砦を調査し、「伊達政宗普請の主郭舘山城」と結びつけようと躍起だが、そもそも伊達氏が置賜に来る前に各地に豪族的集団が存在し、近隣からの襲撃に備えて砦や狼煙台や城を築いていた。
 その後に伊達氏(政宗に限らない)に制定され、伊達氏の所有となった訳であるから、置賜の砦や狼煙台や城は、全て伊達氏と関わりが有ったと考えて良い。
 それをあたかも新発見のように『「大窪砦」は伊達の山城!?』と取り上げる毎日新聞も如何なものか。

 この連休には「神指城(福島市)」「大塚城(川西町大塚)」「荒砥城(白鷹町荒砥)」「鮎貝城(白鷹町鮎貝)」を訪れたが、その規模は『舘山発電所跡「伊達政宗普請の主郭」』を遙かに凌ぐ大きさである。
 これらは伊達氏支配以前より存在したが、その後伊達の家臣が使用した。この伊達政宗の家臣が使用した城に比して犬小屋みたいに小規模の舘山城を、主人である政宗が主郭として使用するなど笑止千万である。

 手塚職員は米沢市より俸給を授かる身であれば、研究すべきは国に史跡指定を受けた舘山城の平城部分(一の坂から御成山下)であろう。

鮎貝城の石垣                        井戸跡 城には必ず井戸が必要だが舘山城には無い
DPP_156.jpg   DPP_157.jpg


この記事へのコメント

kage

2.のURIを訂正します。

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/215879

Posted at 22:18:44 2017/05/15 by

この記事へのコメント

kage

事実誤認があるようなので、指摘しておきます。

1.館山発電所は「跡」ではなく、現在も稼働中です。東北電力の水力発電所一覧にも掲載されています。

https://www.tohoku-epco.co.jp/power_plant/pdf/water_all.pdf

2.「一の坂から御成山下」は「舘山城跡」としてではなく「一ノ坂遺跡」としての指定です。

http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp

3.「舘山城跡」として指定された範囲は「小樽川と大樽川の合流地点付近の標高310~330mの丘陵先端に立地する山城と山麓部の館跡からなる城跡」です。ただし、東北電力館山発電所の敷地は除外されています。

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/244318/2

以上です。

手塚孝氏は「前田慶次屋敷跡」の発掘も担当されており、鬼の会の記事を拝読すると、とても心配になります。

Posted at 22:13:58 2017/05/15 by

コメントフォーム

kage


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

この記事へのトラックバック