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平田東助を知っているか

kage

2017/03/17 (Fri)

平田東助を知っているか

平田東助
 平田東助は米沢藩医の家に生まれ、明治政府の高官として農商務大臣・内務大臣・内大臣を歴任。特に産業組合法の制定に尽力し、明治38年にJA全中の前身である大日本産業組合中央会を設立し初代会頭を務める。

 大正10年に全国250万人の組合員や有志によって、九段坂下に写真の平田東助座像が建設され、96年に現在のJA全国教育センターに移された。その後、東京都の緑地公園計画から、同センターは移転することとなり、座像については平田東助の出身地である米沢市に移設する計画が、JAより昨年12月に中川市長にあり、市長は快諾した。
 台座は米沢市名誉市民第一号の伊東忠太が手掛け、座像と台座の大きさは高さ6m幅10m重さ130t程あるというが、移転費用は全額JA持ちという事だ。

 そこで問題になるのは「何処に設置するか」だが、小生は現在のNHK中継所が最適と思っている。この場所は60余年無償で貸与しているが、「観光のメッカに相応しくない景観」として小生等は移設を安部前市長に陳情して数年になり、漸くNHK側は移設の意向を示したが、いかんせん交渉窓口の総合政策課は金科玉条の「遅れず・休まず・働かず」「何もしないのが最大の美徳」を発揮して、いつになることやら見当も付かない。

 このNHK中継所付近は観光の素材として、利用価値はすこぶる高い事から「先人顕彰の杜」として活用すべしと有志を集い運動を続けて数十年になる。
 現在の色部長門顕彰碑に加え、お金を掛けずとも平田東助の像が加わるのであれば、願ったり叶ったりだが、何せお役所仕事であることから、JAが求める期日までに本市の受け入れ体制が整うかは甚だ疑問である。

 お役所仕事で残念な例に、山大が米沢市に設置を望んだリチウムイオン電池のパイロット工場が飯豊町に決まった事だ。この時、「米沢市でなく、何故飯豊町か?」との市民の問いには、駄目な理由をこじつけ説明する当局に、市会議員も「もう決まった事」と関心を示さず、噛みついたのは鈴木章郎元市議のみであった。
 今回もモサモサしていると他市町村への移設となりかねない

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