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捏造!!②

kage

2017/01/31 (Tue)

捏造!!②

 捏造に次ぐ捏造で6千万円を投入した舘山城跡調査報告書であるが、昨年に国指定史跡となった。
 史実に対していかがわしい申請も、県・国は米沢市の調査は正しいものとして、厳密な裏付け調査など行なわないので国指定されたが、指定されたのは小生が指摘した一ノ坂から西方の区域(発電所跡地の遺構を含む)であり、決して舘山城(発電所跡)だけが国指定された訳では無い。
 まして舘山城に伊達政宗が関わった事などは一切含まれておらず、一ノ坂西方を平城、発電所跡を山城として伊達時代に存在した事を、国は指定史跡としただけである。

 一ノ坂から西方(ジャンプ台の北方)には、伊達政宗の父である伊達輝宗の隠居館が有った事は文献にも残っており、伊達政宗は一ノ坂から御成山・羽山に掛けて築城しようとしたとの伝承が地元にあり、一ノ坂の看板にもその様に述べられている。
 すると、国指定の舘山城(発電所跡)は「何だ?」との疑問が浮かぶが、伝承では「狼煙台・見張り台」の類いである。

 伊達政宗と言えば天下を狙う程の器量の持ち主であり、現在の上杉神社の場所には「米沢城」が有った訳だから、犬小屋に毛の生えたような舘山城(発電所跡)を山城として普請するとは考えられないし、時代背景を鑑みれば、当時は伊達政宗を攻めてくる近隣諸侯は存在しなかった。

 そして、今般発表された小野川地内の「天狗山館跡」も、市の手塚主任は「伊達時代に舘山城を「会津・蘆名(あしな)氏」から守る前線基地の可能性あり」とコメントしているが、当時は暴れん坊の伊達政宗(1584年17代当主)は強烈な領土拡張政策から他所に攻め入り、近隣諸侯からは蛇蝎(だかつ)の如く嫌われ、恐れられていた。
 そして「会津・蘆名氏」は1589年に摺上原の戦いで伊達氏に破れて滅んでいることから、蘆名氏が伊達氏を恐れても、伊達氏が蘆名氏を恐れて天狗山に前線基地を作るとは考えられない。

 昨今は「歴女」に代表される如く、歴史に関心を持つ方が多いことから、「捏造」による史跡は疑いの目で見られ、ひいては上杉氏の歴史でさえも信憑性が疑われる事となる。
 現に「発電所跡地=伊達政宗が築いた舘山城」に対してはネット上で疑問が述べられているので、市は安易に手塚主任の捏造話に公金を投入すべきでは無いし、議員団もチェック機能を発揮すべし。

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