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舘山城の怪②

kage

2016/11/09 (Wed)

舘山城の怪②

 調べれば調べる程、市文化課の舘山城の調査には疑義の念が大となる。伊達の居残り氏が井戸に触れているので考えたい。

【疑問その3】 
 城とは、いざ戦いとなった時には生活の場となり、水は欠かせないものから、井戸は必要欠かざる物である。
 当初、文化課は三基の井戸跡の存在を述べていたので、情報公開にて、その存在を裏付ける調査資料を求めた所、驚いた事に「不存在」であった。
 そこで「裏付け資料も無いのに何故、井戸跡の存在を公表したのか?」と糾すと、「ボーリング調査で水分のある地質が有ったから」と言うではないか。
 「当時代の井戸は、深さ数メートルを掘削し、側面には栗石を築く工法であるから、湿った土だけでは井戸跡の証明にならない」と糾弾すると、以後、井戸跡の記述を削除して、国に「史跡指定」を求めた。この様に「捏造」と伊達の居残りしに指摘されて当然の調査経過である。

 それでは、「米沢城(現在の上杉神社)の井戸は何処なのか?」。小生はこの疑問を上杉家の血筋である「上杉虎雄氏」に尋ねたところ、「現在の上杉伯爵邸の池へ御入水を導き、そこから木樋(土管)を延ばし、現在の赤い橋の下を経て城内に導いた」との説明を受けた。
兼六園
 左図に見られるように、金沢城は兼六園から米沢城と同じ方法で水を導き、「逆サイホン」と称して観光に貢献している。
 そこで、文化課に「調査を行い、米沢城もピーアールすべし」と交渉したが、「資料が無い」との事でケンモホロロの職員だ。
 ならば、伊達政宗が係わったとする資料が無いにも拘わらず、6千万円もの調査費という公金を注ぎ込んだ事との整合性は何処にある。

 因みに、金沢の「逆サイホン」は、国の史跡に指定され、観光に寄与すること大であり、米沢市も上杉神社界隈を観光資源に利用する知恵を出すべきで、特定利権者の臭いがプンプンする舘山城への公金投入は慎重を期するべきである。

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