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たびのひと

kage

2016/06/12 (Sun)

たびのひと

 米沢で言う「たびのひと」は「旅行する人」「旅人」等の風雅な趣きとは異なり、排他的差別用語として使われてきたきらいがある。

 徳川幕府はその天下を維持すべく全国の諸大名、とりわけ外様大名の動きには目を光らせ、「御庭番(密偵)」を放って各地の大名を洞察していたであろうが、米沢藩は会津120万石から30万石に減封されたにも拘わらず、120万石時代の兵(侍)を温存していることに、特に厳しかったのではなかろうか。
 だとすれば、おのずと「旅行する人」「旅人」への警戒心は高まり、「たびのひと」なる呼称にて、警戒心からの「よそ者」扱いが有った事は容易に想像出来る。
 
 徳川家康の江戸幕府から400数十年経った現代でも、そのDNAは引き継がれ、他所から来られた方は戸惑いを感じる場が多々有るのではと思われるが、これは城下町に多かれ少なかれ見られる事象で、「会津の三泣き」は特に有名であるように、他所から来られた人は、当初冷たい地元民の態度に涙するが、住んでみると情の深さに涙し、その地を去る時は忍びがたく涙するという。
 米沢市民も会津市民に劣らず、馴染めば情の深さに涙して貰えると思うが、如何であろうか。

 近年、「若者」「よそ者」「ばか者」【よそもの】が地方創生のキーワードとして取り上げられるが「よそ者」は米沢市で言う「たびのひと」である。即ち、他所から来られたが故に土着市民には気が付かない点が視野に入り、地方創生の戦力となり得ると言うのだ。
 折しも、井戸副市長は大阪生まれの言わば「たびのひと」であり、有る席で小生の持論「たびのひと」を披露したところ、いたく興味を持たれたようであるが、中川市政の「たびのひと」として大いに尽力を願い、期待したいものだ。

 ところで、「たびのひと」のペンネームで当ブログを訪問されていた方が、「さようなら」の言葉の後に投稿の無い事は、いたく寂しい限りである。
 投稿者の「たびのひと」に限らず、米沢で言う「たびのひと」こそ地方創生の旗手として、大いに意見を発信して貰いたいと願う小生である。

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