「タブー」この言葉の響きにある種の魅惑を感じる人もいるだろう。

2009/06/03 (Wed)
今もって政治家には国民が理解できないタブーがある。政治家とくに領袖派閥の関係から禁断の領域への扉は頑なに重い。政治献金をめぐって小沢代表は代表辞任に追いこまたが、同じ嫌疑でも自民党の閣僚に地検の手が伸びない不思議さ。これがタブーというものの正体である。ちなみにダブーとはポリネシア語で、はっきりと印をつけることを意味する。「危ないもの」「怪しげなもの」につながる扉にははっきりと印はつけられている。がこの扉の暗黒の世界で行なわれている政治家のタブーとは魑魅魍魎の世界なのである。
国民のだれもが知りながら、捜査の手が伸びなかった怪事件といえば、日歯連の1億円ヤミ献金問題であろう。「記憶にございません」と、料亭での受け渡しに立ち合った橋本派の政治家のみんながスッ惚けた怪事件だった。
旧橋本派への日歯連から1億円の献金があったのは01年7月、参院選挙の直前のことだった。選挙の年でもあり「この事件は目立ちすぎるわな」旧橋本派の幹部会で上杉光弘元官房副長官が切りだし、野中広務元自民党幹事長、青木幹雄参院議員会長、村岡元官房長官がこの献金をヤミで処理することに決定した。
次の03の総選挙では小泉を擁する森派が勢力を伸ばし旧橋本派は惨敗して数を減らした。橋本派の会長代理であった村岡兼造元官房長官はあえなく落選。この事件で起訴されたのは橋龍でも野中広務氏でもなく、当時橋本派の会長代理であった村岡兼造氏だった。
橋本派によるトカゲの尻尾切りに村岡兼造氏がキレた。村岡氏は「わたしは何も知らない。日歯連の1億円の献金の受領やその後の処理について一切の関与をしていない!まして橋本派の会長代理はまったくの名誉職でなんの権限もない。わたしの無実を立証するのには長い戦いとなるだろうが汚名をそそいでみせる」
自民党旧橋本派の会計責任者滝川俊行き被告に対する判決公判が予定されていた12月3日の前日「政治資金規制法違反で在宅起訴」された村岡官房長官は自宅の電話口で唸るようにいった。
「事件は1億円の献金を受けながら、政治資金報告書に記載せずヤミ献金として扱ったことを問われたもので、処理をしたのが会計責任者滝川被告それを指示したのが村岡元副官房長官と認定され告発されたものだった。
12月14日、東京地裁で政治資金規制法違反の罪で基礎された村岡元官房長官の初公判で村岡氏は「まったく身に覚えのないことだ。突然天から災いが降ってきた」と反発し全面的に争う決意を示した。
03年は自民党の総裁選挙だったが、キングメーカーとして大派閥を誇ってきた橋本派内部では分裂状態に陥っていた。
小泉首相が国民に飽きられていたとはいえ常に50%前後の支持率を保っていたため小派閥ならともかく、キングメーカーとしての大派閥を維持しようとするなら派閥から首相候補者をたてて争うか、派閥の数を高く売り付けて主流派の一員になるかを選択しなければならない。
もはや橋本派には首相に対抗する人材がなかった。そこで首相に恩を売るのが得策と考えたのが青木参院議員会長、村岡元官房長官、額賀元政調会長、久間政調会長らで、野中元幹事長を中心としたグループは反小泉の旗幟を鮮明にして他派閥と連携して模索していった。
こうして派閥は分裂状態になっていくのだ。
小泉支持に回った村岡氏らには「毒まんじゅうを食わされた」と悪宣伝が流され野中元幹事長は村岡氏を名指しで「ポストで政治生命を売った」と攻撃、村岡氏は一敗地にまみれる結果となった。
橋本派の存亡危機奪回時に降ってわいたように日歯連献金問題が持ち上がってきたのだ。
日歯連の臼田貞夫被告は、料亭で野中元幹事長、橋本龍太郎元総理らに1億円の小切手を手渡した。
臼田貞夫日歯連会長は会長選で2選目をめざして金をふんだんに使っていたといわれている野心家であった。自分がいかに政界の大物に人脈をもっているかなどと日歯連の広報誌に政治家などとの対談写真を載せるなどして会員にアピールしはじめていた。
日歯連の会員たちの関心は「いかに診療報酬をあげるか」であったから臼田会長の大物政治家への政治献金は了承されていたかのようだった。 「今のままでは橋本元総理の証人喚問も実現されそうもない。日歯連だけで年間3億円以上という自民党の国民政治協会を迂回した献金の実態はなにも解決していない。「1億円だけのことで幕引きされるのではたまらない。むしろ本丸はこちらなんだ」と民主党の議員は吠えるのだが。
さて、窮地にたたされた橋本派だが、この問題を奇貨として橋本派の陣容を立てなおそうとして幹部は困り果てていたが、幸い会長の橋龍は1億円処理のとき病気で入院。幹部会出席していたのは、上杉、野中、村岡、青木の4人。
上杉、青木の現職議員が逮捕されるようなことになれば派内はさらにガタガタになる。そこで首を差し出す場合は引退した野中か、落選した村岡にしようということになり、当面選挙はないことから自力を蓄えることとし小泉政権に協力する姿勢をとっていくことを確認した。ただ、そう決めた時点でスケープゴートは村岡氏にきまっていたようなものだった。
滝川は野中とツーカーの仲だ。間違っても野中に不利なことはいうまいと踏んでの決議だった。事実、滝川被告は村岡氏に指図されたと「自供」し、結果野中氏元幹事長は不起猶予となった。
「わたしは嵌められた。すべては選挙に落ちたことが招いた」と呻き「幹部会で指示したとされるときに同席した政治家、領収書を出さないと決定したときの幹部会の面々を公判廷につぎつぎと証人として呼び出し、自分の無実を勝ち取る」と息巻くのだ。
法廷での旧橋本派幹部政治家の直接対決で、少しでも真相をあぶりだせればわが国政治史上、画期的できごとになるはずだが? 今もって真相はヤミの中だ。
政治家は多数原理の中で、己れの立場(権力)を保持しようとして足掻く。社会は申すまでもなく「弱肉強食の時代」である。理屈はともかく強い者が勝つ社会である。
世界をみるがいい。武力を持った国家が自国の主張を強引に通せるのである。子供の喧嘩には多少の理屈はあっても、腕力の勝れた者が子供の世界を支配するのである。
政治家は群れを広げ、派閥の長となってさらなる権力を増幅しようとする。そのために「政治資金」がなによりも強力な武器となり群れを拡大する最高の手段となる。政治家にとって「政治資金こそが政治家の武器でもあり盾にもなる」とは日進月歩の社会構造に反比例するのではあるまいか。
永田町だけに限ったことではない。田舎の政治屋にも同じことがいえるだろう。大臣を7日半日で辞任した例もあるではないか。農民を食物にして大臣にのしあがったものの、その時点で頓挫した理由とは何か。
やはり隠された政治資金であった。残念ながら郷土も7日半日で閣僚を辞任した人物がいる。が、辞任したとはいえ顔で権力を行使できる田舎町であろうから、「虎の威をかる輩」は減ることはないであろう。
政治とは群れではじまり、群れの大小によって権威が生まれ、それなりの権力を生む。
薩長閥がなした明治の新政府の悪癖政治形態が現代の政治に及ぼしていることは後退だと知るためには「生きた歴史観をもつこと」と肝に命じるべきであろう。

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