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迷走するドタバタ日本列島

kage

2008/12/16 (Tue)

 不況風が吹き荒れると、人はその責任を誰かのせいに転化したい弱さを潜在しているものだ。
自民党内部では自らの地位保全のために「選挙の顔」として麻生を自らの手で選んでおきながら国民の支持率の低下によって、身分の保全に危険が迫ってきたと見て「漢字の読めない総裁」だとして、あたかも天誅を加えるが如き迷走混濁の内部抗争を繰り返している。
このままでいけば政策合同による新党結成もあるかも知れない。

  歴史とは為政者がひたすらに隠し通していたかった事実を、後世になって掘り返して見たとき、そこには「人間のいじらしさ」と「哀しさ」とか表れてくるものだ。
  いつの世も天下人たらんとする者は、あらゆる謀略の手練手管に血眼になってきたことは申すまでもない。「たかが、漢字が読めなかった」ぐらいで天下人を失脚させようとする自民党も大人気ない政治家集団だが、未曾有の経済的激震時に党人一丸となり切磋琢暦して政局を乗り切るのが政治家としての資質であり器量というものであろう。

  哀しいかな天下人を狙う者は多いが、昔から天下人は一人でなければ人心の統一はならなかった。政治家である以上望みは総裁の地位に君臨することであるに違いない。
  歴史が証明するごとく天下人である条件は、器量と財に恵まれた者たちによって成立してきた。悪の論理からすれば、財や豊穣な土地は掠奪によって国取りが展開されてきた歴史から、現代の政治的葛藤は天下人を目指す政治家たちの武器なき政争だと考えられる。
  麻生総理実現の裏面で何が介在したのか国民の知るところでないが、天下取りには巨額の金が動くものとされてきた。人間は権威や金力には群れたがる動物である。選挙地では「政治家」であっても、所詮は陣笠代議士であるから地位保全のためには金力のある派閥に属することになる。
民主議会であるから派閥の領主は数の論理からバカでもチョンでも懐に抱え込むことになる。

 本能寺で信長を討ったのは定説では明智光秀であり、秀吉の軍勢が明智を討って天下を統一したということになっている。が、明智を匿ったのが徳川家康だという新説がとびだしてくる昨今である。
  なじめない歴史上の新説ではあるが否定する根拠は私らにはない。いかなる歴史家といえども歴史上の人物に直接出会った人はいないからである。歴史は古文書と語りによって、後世に伝承されてきた仮定と想像の世界であるといえよう。
  身近なところでは、川中島の伝承がある。床几に腰を下ろした信玄が軍配を構え謙信が馬上から大太刀を振りかぶって信玄を打とうとしている絵図は著名だ。が、信玄は兜をかぶっているが、謙信は行人包みという僧形の頭巾姿である。謙信が剃髪、入道したのは川中島合戦のあと、9年後のことであるから絵図による伝承は明らかに違っている。しかし歴史家だとするご仁でさえも、今以て信じて疑わないのは何故だ。

  来春から米沢市期待の大河ドラマ「天地人」が放映される。主人公兼次の兜印が「愛」であることからラブと定義する歴史家たちの「ふくらまし」 を無作為に是とするに難がある。
  「殺戮の場に向かう武将」が愛の心根をもって敵陣に乗り込んだというのであろうか。斯様に歴史的伝承は後世にあって都合よく曲げられた伝承でしかない。 そして彼は「先々を読める武将」として評価されているが、関ヶ原での敗北こそが上杉藩の命脈を断つ元凶になった事実をどのように説明するのだ。
  主人謙信は毘沙門天を信仰し、兼次は愛染明王を武勇の信仰としたものであろうから「ラブ」という現代風の解釈では覚束ないものといえる。

  小泉首相の規制緩和によって経済界の弱肉強食は戦国時代さながらに、街中から弱小小売店が姿を消した。「空中戦は戦闘機の数の原理で勝敗を決する」とする戦争理論は正しいのであろうが、「資本力の大小が業界を制覇する」という理論だけは社会から抹殺したいものである。人も動物であるが「弱肉強食の世界を否定してきた社会構築は人間の社会だけである」いまさらに小売商は大型店に隷属せよと政治は語るのであるか。

  「漢字が読めない」と騒ぎだす政治家集団である。農水相の入れ代わりの激しさをみても、「漢字が読めなかった」ぐらいで総理を失脚させようとする政治的度量の欠如を反省してみよ。
  テレビの画像は難解な漢字を羅列してタレントに読ませようとしているが、これを称してバカ番組だと老生は一蹴している。75年間一度もお目にかかったことのない漢字である。無論、当用漢字にも出てこない文字だ。こんなことが政治の世界に必要はない。むしろ当面の難題は雇用問題である。陣笠とはいえ税金で暮らしている不肖の政治家であっても私利私欲を払拭して己れの知恵を働かせる時である。

  米沢が生んだ雲井龍雄は戊辰の役の終決によって、各藩が雇い入れた兵士たちは御用済となり浪人として東京市中に溢れ出ていた。雲井はそれら浪人たちを「明治政府の天兵」として雇いあげてもらうために奔走した人物である。が、明治政府は徳川方で名をはせた雲井を心情を曲解していた。
  各藩の浪人たちは雲井の営む「帰順部曲点検所」に大挙して集まってきた。これを明治政府はクーデーターを計画する恐れありとして、雲井を捕縛のうえ小伝馬町の牢内で斬首の刑に処された知られざる英傑なのである。
  ちなみに大政官布告によって斬首刑の廃止は、翌年1月1日と定められた。雲井の処刑は斬首廃止3日前の朝であった。明治政府がいかに雲井という英傑を恐れたかは年の瀬ギリギリの処刑であったことでも想像ができる。
  米沢藩は明治政府の処置を恐れて以来、今以て雲井龍雄を明治維新における米沢藩出の英傑扱いするどころか、明治政府に楯突いた犯罪人であり米沢藩にとって「くたまな存在」だとして市民の永らく脳裏に植え付けてきたという為政者の闇があった。
  歴史は時の為政者たちが隠し通しておきたかった米沢の恥部を、後世の歴史家の手によって明らかにされたものである。米沢藩には決定的な恥辱がある。
  盟友会津鶴ケ城が官軍の手によって落城の危機に際して、米沢藩に援軍の派兵を懇願してきたとき、米沢藩から一兵の援軍を送ることなく、米沢藩は官軍の水先案内役を申し出ていたのであるこの歴史的事実をもって官軍側は「米沢藩武士道にあらず」と決め付けられたことを米沢市民は知らない。
  米沢藩士の中にも「職を失った者の救済に立ち上がった人物」がおったことに誇りをもちたいものだ。

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