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教師は「教育労働者」であるか。

kage

2008/07/05 (Sat)

 昭和22年に日教組が形成された。それを知っている戦前の人間から見るといちばん記憶に残るのは「教育者は労働者である」という文言を非常に強調したことである。

  戦前に育った老生らにとって、先生というのは給与所得者であるにせよ、それ以前に普通の職業ではなく聖なる職業であるという認識が強かったからだ。だから、生徒のほうにも「先生は尊敬すべきものだ」という感じがあり、先生のほうにも、そういう意識が非常につよかったのではないかと思う。だから野口英世に見られるように、自分が教えている子供の中に優秀な子供がいれば、先生が地方の豊かな人を説いて、学資を出させるようなことをしていたのだ。

  2.26事件後に総理大臣になった広田弘毅なども、先生が地元の人に金を出してもらって高等教育をうけさせている。そういう例は戦前にはいっぱいあったのだ。先生というのは単なる労働者ではなく、子供を預かっている人間だから、その子供のためにいろいろすべきであると、当時は誰もが思っていたし先生自身もそう思っていた。そしてできる子供があったら学資を出してくれるところを見つけようと奔走した。
  もちろんそういう規則はないが、それだけの愛情と自覚があったように思われる。だからこそ卒業式では「仰げば尊し」を歌い卒業生のほとんどが泣いたものである。
明治生まれの老生の母は95才で黄泉に旅たったが、「仰げば尊し」や「青葉の笛」の歌が好きでよく歌っていたものである。

  日教組のもう一つのきまり文句は「教え子を二度と戦場には送らない」として日の丸や君が代を歌うことを拒絶してきた。
アメリカでは幼稚園のときから毎朝国旗に向かって忠誠を誓う言葉を言わせているところがザラである。むしろそれが普通の教育であり、小学校では、アメリカの国旗というのは絶対ある。
これを叩き込むのである。 国旗に対する尊敬と大統領に対する尊敬とがアメリカをひとつにまとめる力になっているのだ。国歌を歌うときも起立して胸に手をあてる。国旗掲揚のときも同じことである。これだけはみんなやっていることだ。これが愛国精神というものである。したがって、今時、国旗・国歌に反対などと言うのはナンセンスである。
  国旗・国歌は、法律で決まっていないからうたわない、掲げないと言って日教組の強いところはゴネた。今度はそれを法律で決めたら、法律で決めるなんてけしからんと言ってまたゴネている。どうしようもない連中である。
  国旗と国歌に関する事柄が法律ではっきり決まり、少なくとも公立学校でこれに反した人間は、公務員の服務規定に背くものとして今後は罰せられることになる。

 今の日本は、教員の法律その他違反行為の処罰があまりにも軽すぎる。もっともっと厳しくして「校長の命令に従わないのなら、公立学校の先生を辞めなさいッ!」と、どんどん辞めさせるべきではあるまいか。
  教師の身分を振りかざしてゴネている先生には「自分でやったら、生徒が集まるかどうかやってみろッ!」と言いたい。
  少なくともそういう思想を表に出したら、その人のつくった学校に生徒が集まるであろうか。彼らは公務員として身分が保障されているから、度胸もないのに弱たれ教師らは平然と違法行為をやるのである。

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