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歴史上の人物に逢った作家はいないはずだ。

kage

2008/07/04 (Fri)

 来年、大河ドラマに登場する主人公「直江兼続」に会った作家は無論いない。歴史上の人物に関するかぎり、正しく伝承する書物は誰にも書けないはずである。

 各藩主がいずれも名君であったと後世に伝えるには、藩主の側近で文字の書ける茶坊主的な存在がいるはずだ。
端的にいって米沢市の広報が現市長の批判的記事を載せるのは不可能であろう。 たとえば「安部市長の広域合併の頓挫宣言」などは広報で市民に広く知らせるべきものだ。
 なぜならば「広域合併」は市長立候補時に有権者に向けた公約であるからだ。公約は剥がれるものだと諦めていたが「安部屋の膏薬はすぐに剥がれる」ものであるか。市長在職わずか半年にして剥がれた公約である。

  これは有権者を騙した行為であり、有権者はどう受けとめればよいのであるか。
一般社会では不渡り手形を出せば事業はジ・エンドとなり、しかも手形には裏書きするという苛酷な定めが課せられている。だから、どんな事情があっても不渡りすることはできないのだ。が、摩訶不思議なことだが為政者には手形がないのだ。手形の代りが公約だと老生は思ってきたのだが、老生の浅知恵というものであったようだ。
  為政者にとっての公約は、一般社会通念では手形同様なものである。公約を破ることは為政者が負うところの「不渡り手形」同様の位置にあると考えるものだ。少しでも人の上に立ちたいと願う人物ならば「公約破棄は死に繋がる」ものだと覚悟してほしい。公約に責任感の強い人物こそが好ましい次期指導者だと考えるものだがどうであろうか。

  ガソリン税に消費税を加え、税に税をかける国家はどこに存在するというのであるか。
斯様にキャリア官僚の考えることは稚拙なのだ。歴史上も今も悪代官らの所業はどす黒いものだ。
水戸の黄門さまがお出ましになって庶民の喝采を浴びているのはご存じの通りだ。「白と黒」「善と悪」の区別を聴取者に伝えているからだ。
  現代であれば霞が関の官僚たちの籠代に税金が使われている事実や保険庁らにたむろした官僚たちが残したズサンな受給者名簿の数々。これらに対して黄門さまはいかなるお裁きをなさるのであろうか。

  小泉前総理の規制緩和政策によって、地方の小売店は皆無になる憂き目に出会っている。
わが町内には戦後30店舗が営業していた小売店は、老舗の店舗の閉鎖を以て小売店ゼロの町となってしまった。
規制緩和で都内のタクシー会社が困窮し値上げによって客離れがおきるという二重の不景気に悩まされているとの報道である。

  最近は成人前の青年たちに喫煙させまいとして、政府が出した方策は自販機を改造してのタバコ販売抑止力だ。したがって自販機に頼ってきた小売販売店からコンビニにタバコ販売が移動しているのだ。 既成の小売店はまたしても廃業することになる。
  禁止々々令で生きた知恵をもたない官僚たちの考える浅知恵とはそんなものか。カードを借りて使えば購入は可能であり、小売店に馴染みの子供がお使いに行った場合にもタバコ屋は販売しないであろうか。 ザル法も底無しのザル法というやつだ。
 「おれたちの健康を心配する前にお前さんたちの税金泥棒をやめろよッ」

  禁止令が出される度にそれを掻い潜って暗躍する集団はあるものだ。現に上級官僚たちの籠代は血税から出ている。よくぞ国民に気づかれることがなかったものだ。 露見しなければ、いつまでも籠に乗るつもりでいたのであろうか。
  現代は不幸にして為政者と国民との間に信義がすたれる一方である。「嘘つきは泥棒のはじまり」だと教えられてきた。が、為政者の公約違反や嘘を承知で市民を騙しつづけてきた行為を「何んと呼べばよいのだッ!」

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kage


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