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祖国を否定する人物は日本国を脱出すべし!

kage

2008/06/30 (Mon)

 国旗・国歌を否定するならば、自分勝手な甘えた論理を捨て日本国を脱出すべし。

 独立す る条件はその国の国旗・国歌をもって世界の承認を得るものである。わが国は永らく国旗・国歌に不安定な位置づけをしてきた国である。したがって日本国は独立した国家とはいえないものであった。
 これは日教組・高教教組らが、「二度と教え子を戦場には送るまい」という過去の軍国主義に対する反論とされ児童生徒への教育の指針とされてきたからである。国歌だけでなく、戦後、大方の校歌が抹殺され「新しき校歌制定」のもとに校歌が生まれた。新しきものは良いものだという風潮が教育の場を席巻していったことによる。
 こうした論理でそだってきた児童生徒たちが、君が代は大相撲の千秋楽の歌であり、日の丸の旗はオリンピックで使う旗としか認識していないのだ。

 国際試合では両国国家が演奏されるが、他の国の選手は自国の国歌演奏となると胸に手を添え国歌を口ずさむ光景がみられるが、わが国の選手たちにはそれが見られないのは哀しくも恥かしい思いがするのは老生だけの感傷であろうか。

 本年はオリンピックの年である。日の丸の旗を先頭に堂々と行進する選手団の雄姿は感動ものであり、まして表彰台に立つ選手の姿も美しいが、センターポールに掲揚される日の丸は晴ればれしく国民の感激は最高潮に達する瞬間でもある。
 オリンピックは平和の祭典だとするならば、表彰台にのぼる選手たちと共に理屈を抜いた喜びを噛み締めたいものである。平和の祭典とはいえオリンピックでさえも国家間のメダル争奪戦であることに違いはない。人種差別の国として米国はつとに著名な国であるが、米国にもたらすメダルの多くは黒人の力での取得によるものだが、大国にこだわる国ほどメダルの数が問題になる。オリンピックとは平和の祭典だとはいえ、裏面では国威の強権誇示となっている。

 国歌である「君が代」の君とは、天皇をさしたものと考えるのは、軍国主義的だと反対を唱える日教組関連の仲間たちだが、「古今集」や「和漢朗詠集」に見られる和歌としての「君」であり、「君」が「キミ」であって良いし敬愛する「アナタ」の意で歌われることが民主国家としての国家「君が代」でありたいものだ。
  ちなみに各大国の国歌は総じて戦いの歌詞で歌われていることを忘れてはならない。中立国スイスの国歌は「スイスのために血を命を捧げる」中国は「たて どれいとなるな血も肉もて築かんよき国」と歌われイギリス国歌は「主よ立たれよ 敵をしりぞけたまえ」とありフランスは「いざ 矛を取り進め あだなす敵を葬らん」さてアメリカは「弾丸降る いくさの庭に 頭上高くひるがえる 堂々たる星条旗よ」と、いずれの国歌も戦いを勝ち取る歌詞で埋められている
 その点ではわが国の「君が代」には戦いの詞は見られず「永遠の栄え」を基調として読み込まれていることだ。日の丸にしてもそうだ。白地に赤く日の丸染めた日章旗は太陽を尊ぶ日出づる国の民族の心意気を象徴しているものだ。単純にして世界随一のデザインとしても誇れるものだと老生は思いつづけてきたものだが。
 なにはともあれ、政府そのものに国旗国歌の扱いに問題があるのではあるまいか。 総理の会見場所に国旗がないことや肝心の国会議場に国旗が掲げてない。これは何を意味するものであるか。わが国の国旗国歌を制定した機関がどうしたことか。これでは国旗国歌の制定論議に口を挟むことはできない。国会開会の初頭に国旗を前に国歌斉唱ぐらいすべきが常識というものではあるまいか。

 国際ロータリーやライオンズクラブの例会では国歌を斉唱して会がはじまるのが通例である。民間団体とはいえ国際組織のクラブがそうである。
 イギリスで本当にあった出来事である。日本の商社マンの子供を現地の小学校に入学を求めたとき、日本人の子供テストに「日本の国旗を書けず、日本の国歌を歌えず」入学を断られた事実があった。そこで親は日本大使館に泣き付いて子供に国旗と国歌を覚えさせ他の小学校へ入れることができたという笑い話があるくらい祖国認識を重要視するのが他国家なのである。
 日本でやっている教育とは、まるで世界に通用しないことが多く、日本の常識が今や世界の非常識といわれるゆえんである。

 このような教育を子供に押しつけている教育界とはなんぞや? 世間の常識に無知頑迷で暗愚な教師を教員資格再審査制度を導入して教育の現場から追放することが教育正常化への道であることに依存はない。

 いずれにせよ、日教組らに祖国を論じる資格はない。 祖国を失い流浪の旅を永年つづけているユダヤ民族の場合を考えてほしい。中東の戦火は祖国を求める民族たちの戦いではないのか。幸いわが国は島国であったことから同一民族同士の祖国論であったが、祖国をもたない人達の悲劇を教育者が熱く子供たちに説くべきであり、祖国をもった日本国民としての誇りを植えつけることである。そこから国旗を掲揚する喜びと高らかに国歌を斉唱する国民が生まれてくるのである。

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