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奇跡の女性合唱団コンサート 

kage

2008/05/25 (Sun)

 老生は「奇跡」を見た。昨夜のコンサートで老生は確実に「奇跡」を確認した。
  長年、わが市で「女性合唱団」を指導してきたリーダーが公演を数ケ月に控えて不慮の病で倒れた。市の文化会館を満席にする郷土屈指の合唱団がコンサート公演を前にして抱え込んだ不慮の難題であった。

 通常アマチュアの場合、年一回の公演のために一年間の稽古練習の時間を費やすものである。大方の稽古が出来上がり仕上げの段階での不幸である。団員たちの苦悩には計りしれないものが去来したであろうと推察するが、前夜のコンサートはその不安を見事に克服して聴衆を未了した公演であった。これは病に倒れたリーダーと団員たちとの不屈の精神力と公演に賭けた夢とであろう。

  リーダーは老生の竹馬の友であり、団員の中には老生の縁戚にあたる女性もいる。不安はともあれ、妻に同道してコンサート会場の一員となり開演を待つことになる。老生にとってこのコンサートだけで演奏される「米沢市民歌」と県民歌「最上川」が聴ける楽しみがあったからだが、見事なハーモニーで歌いあげた団員の高らかな郷土讃歌に触れて安堵し、リーダーに代わりタクトを振るリーダーの二人のご子息に心から復活の賛辞を送るべきであろう。老生は復活の奇跡をたしかに確認した。

 団員たちのステージマナーも完璧に近いものだった。アマチュア-とはいえ舞台でマナーが重視されるのは当然である。音楽を披露するだけでは聴衆は満足するものではない。舞台での緊張感の持続とマナーが大事だと、リーダーに老生は注文していたものである。ありていに言えば前夜のコンサートは第一級の出来栄えであり、試練を克服した団員たちと、病魔の床に伏せるリーダーの公演に寄せる責任の重さを代わって公演を担った二人の若き音楽家の努力に賛辞を送りたい。

 文化不毛の地といわれた米沢市にあって、本女性合唱団の不屈の復活劇は見事なものであった。はっきり申せば、舞台に立つ団員ひとりひとりに緊張感がみなぎり、渾身をこめて歌いあげる姿はアマチュア楽員たちの手本となるだろう。リーダーには申し訳ないがチョッピリ申し上げれば、若い指揮者だけに曲想の解釈に変化が見られたと感じるのは老生だけであっただろうか。無論、若さによる新しい解釈の実践だと喜んで然るべきものであろうと思うのだが。

 リーダーの音楽に対する理念は厳しい。それだけに本合唱団を大挙離脱する過去もあったようだ。それだけにリーダーの理念を理解した団員たちである。楽しいだけが音楽を極めることではない。老生が懸念するのは「楽しければそれでいい」と自前の公演だけに集いあうアマ集団である。公演後の「反省会」は不可欠なものであろうが慰労会の楽しみだけで過ごすのはどうであろうか。老生はプロの世界を多く見てきたから言えるがことだが、プロに反省会なる楽しみはない。反省すべきことは稽古場での激し叱責に代表されている。だから公演後にプロは言葉に発することはしないものだ。舞台の後で反省してなんになる。稽古場がたった一つの試練の場であるからだ。アマには報酬はない。経費の負担に負けず舞台に灯をともしつづけるそこにアマチュアの気高さがある。前夜の「奇跡復活」は団員の結びつきを一層確実なものにしたであろうことを信じ、末尾ながらリ-グーの復活の奇跡を念じたい。

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