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米沢市は「愛」の兜印・直江兼続の大河ドラマ一色だが

kage

2008/02/06 (Wed)

  歴史に詳しいと自ら自認して止まない安部市長だが、観光客が押し寄せる経済的効果を高く期待しているようだ。
 市長の期待通りに観光客が押し寄せ米沢周辺一帯の経済的効果が実現するものであるか疑問のあるところだ。

 老生が独眼流政宗の放映時に「米沢村」なる物販施設を今の城跡苑近くに計画設営した経験からすれば、観光客の動向は放映年度と翌年度の2年間に限られていることがわかる。 他の放映地の統計が概ねそのようなものであることが報じられているようだ。
  まず以て、直江公はメジャーな武将でなかっただけに上杉謙信や伊達政宗公のようなわけには行かないだろうが、折角米沢市の有識者の運動がNHKを動かしたのであるから、それなりに歓迎するのは市として当然のことであろう。

  老生の頃は歴史文学に疎い為政者たちであったから、関心が乏しく現況のような歓迎ムードさえなかったものだ。 せいぜい市の環境生活課が公園内にあるトイレをペンキで塗り替えてくれたものだ。無論、市からの援助はなかった。むしろ米沢村に集まる観光客の駐車料を徴収しようとする市営の物産館員との間に、観光客とのトラブルが起こったことは事実だった。

  問題は直江兼続公の放映に際して米沢の地がどれだけ放映されるかによって米沢市の知名度が変わると推察する方が正しいと思われる。そのために老生はNHKから放送台本の出来上がったものから順次取り寄せ、米沢城での画面を想像したものだ。
  台本は14週が政宗の幼児期時代であったことが幸いした。確かに観光客の動きは確認できたもので、ピークは5月2日の武蹄式当日であったことを覚えている。観光客に応対するには米沢人特有の「殿様商売」は禁ずることが肝要である。

  さて、兼続公といえば兜印「愛」の文字にある。戦国の武将が「愛」の心根をもって戦場に向かうはずがないではないか。謙信公が自ら信仰した昆沙門天の「毘」を旗印としたように、「愛」は愛染明王の一文字を兜印に使用したものと考えるのが正解であろう。
  戦場にある武士の「愛」は「ラブ」ではないはずだ。しかも「愛」の字体は日本文字でなく中国文字から形造られていることでもそれと知れるものだ。だから間違っても戦国武将の「ラブ」に期待することは望ましくないのであろう。
  多くの現代人は戦国時代の殺伐の場にあって「愛」が生きていたとする武将がおったとする奇異な感慨があったとすれば即それは間違いだと訂正するのが常識であろう。

 いずれにしても米沢市民の放映運動がNHKを動かし放映の題材に取り上げさせた功績は大きい。米沢市は「天と地」「独眼流政宗」に次いで3度目の放映である。米沢市民は安穏とする画面を楽しむだけにとどまらず市民の運動を喜び愛でるべきであろう。

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