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学校給食は業者で。受益者負担が常識・母と子の結びつきは弁当にある。

kage

2008/02/03 (Sun)

老生は学校給食反対論者である。

  もはや飢餓の状態にある日本ではあるまいし、生徒の栄養管理をいまさらに連綿として地方自治体に課せられた役目とするのは当たらない。

  考えてみるがいい、子と母の愛を繋ぐのは「授乳」であり、食を与える行為である。これが母と子を結びつけてきた絆である。
  母親はわが子の弁当づくりに復帰すべきで、同時に学校給食制度は廃止すべきである。 まして中学生徒まで給食を実施するとは時代錯誤も甚だしいと老生は信じている。

  平等の精神から発露したのであろう「昼食を共にし、好き嫌いをなくし、健康な体を作る」という趣旨には反論はないが、給食によって生まれたリスクを考えてみたことはあるだろうか。
  まず、老生の暴論と言われるだろうが、母親たちが生徒の弁当づくりから解放されると同時に、大方は会社つとめに行く亭主に弁当を持たせず500円亭主という奇妙な社会現象を生み出したではないか。 主婦も共に働いているからといって「弁当づくり」が出来ないという理由はないのだ。わが子や亭主の健康を管理する上からも昼食を外食産業に任せて済むというものではない。

  異論はあるだろうが、家族の健康管理は主婦の任務であることに間違いはない。健康の基準は「食」であり「水」にある。

  戦後団塊の世代はいざ知らず、一家団欒は座卓を囲む食事の場にあった。母親はわが子の食べ方を注意して見守り健康の異変に気がついたものだ。無論、団欒から学校での出来事や、子どもの精神状態なども感じ取れるものであった。
  団欒がなくなった証拠にこどもたちの箸の持ち方、鉛筆の正しい持ち方、なぜか左利きの人間が多く目につくことでも、親達の仕付けの悪さが知れようというものだ。
  食事を家族全員で囲む風習が無くなったのは世界中で日本家庭だけではなかろうか。学歴社会だから大学に進学させる子育ても結構だが「鉛筆を右手で正しく持てる」子供を社会に送りだしてもらいたいものだ。

  どうしても学校給食を実施するのであれば、費用は「受益者負担」を原則とし税金などに頼らないことが第一義であること。給食設備に税金を充当するのではなく「学校給食専門」センターなどを民間会社に依頼することが重要なことだ。
  学校給食のために人件費・設備費ならび材料費など行政に任せたら幾ら無駄が出るか知れたものでは無い。

  老生は給食反対論者だが、中学校給食を続けて行くとしたら、米沢市親子方式はただちに止めて、給食センター起しに行政が関与し、民間活力に頼るというのはどうか。
行政者の知恵はいかに?自分たちの知恵が常に正しいと思い込むことはどうであるか。

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kage


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