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「おちこぼれ」と「ふきこぼれ」を判別した補習授業の大切さ。

kage

2007/12/12 (Wed)

 既報の米沢4中の「合格餅つき大会」を読んだ父兄から電話が入った。「補習授業のために必要だとする教材費1200円は承服できない」というものだった。
 受験3ケ月前になった今頃になって、山形用品が販売する「受験用実践コース」なる 5種各4回分を購入して補習授業に供したいとする学校側に対して「なぜ?今頃になって教材を購入しての補習であるか?すでに必要とされる教材を買い求めている家庭が大半なのに、学校側の平等観念は尊重するにしても1200円の教材費を集めるのはおかしいのではないか?」

 生徒にもそれぞれ「おちこぼれ」と「ふきこぼれ」の学習能力に違いはある「おちこぼれ」のないようにする教育的な配慮は欠くべからざる教育理念であるとしても、一方には「ふきこぼれる」学習能力ある生徒たちがいることも事実であることを勘案してもらいたてものだ。以上の生徒たちは当然ながら希望高校に沿った十分な努力目標を定め、その達成のために必要学習書を購入して勉学に励んでいる」という環境を考えていただきたいとの訴えである。
 必要とあらば志望学校ごとの教材とか細かい配慮があってもよいのではないか。また推薦の教材を使って単なる答え合わせするだけでは補習にはならない。生徒が解らない部分を発見と同時に解説教示していただくのが父兄側からみる補習授業ではあるまいか。

 全員合格は父兄たちの願望であるから「合格祈願の餅つき大会」も有意義なことであろうが、学校長名もなく振興会と生徒たちだけの主催ではできうることではない。ボランテアとして父兄側からの手伝いも要請してある。が、だらしないのは「各自生徒が好物とする納豆・キナコ類などをタッパーに詰めて当日持たせてくるように」に至っては、共同餅つき大会の意義がなくなってしまうのではないか。それよりは父兄参加による「一大餅つき大会」を開いて、来春の合格に向かって学校側も生徒たちと一緒に気勢をあげ、ともに生徒たちの「やる気」を起こさせるためならば有意義となろう。が、どこか学校教育の腰くだけの部分と責任転化の匂いがして我慢がならなかった。

 「合格祈願餅つき」終了後は補習授業の内容を吟味するとともに、補習のために帰宅時間が遅くなる、そのために帰り道の環境などの不安が出るのは当然。米沢市だけに限定された安全基準ではあるまい。不慮の出来事もあろう。
 その時になって考えたのでは処置は後手であろう。「登り坂もあれば、下る坂もある」もう一つの坂こそが「マサカ!」という坂である。受験前の大事な時期に「補習授業での帰り道」にも親としては心配なものだ。いざ事故ともなれば学校側や教育委員会に責任の転化もできない。
 学校側に申したいことはあるが「子供が質にとちれている以上」言いたいことも憚れるという父兄の意見であった。


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kage


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