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市長選後の「懐古談」「後日談」は役に立たないものだ。

kage

2007/12/06 (Thu)

 選挙は「勝てば官軍、負ければ賊軍」とはいえて妙なるものがある。「平家にあらずして人にあらず」とまで栄耀栄華を誇った平家が壇の浦のもくずと消えたわけは、源義経の奇習攻撃にもよるが、平家一門の武将らは胃拡張に陥っていたために戦闘能力がなかったのだといわれている。
公家思考の社会では下賎な生食を回避して、上品な食品とされた干物を常食とし、ドブロクを多飲していたことによる。
 一方、源氏は伊豆の山奥で猪の肉をほおばる、日夜打倒平家を目指して剣術に是れ励んでいたことに差が出たのであろうと推察できる。

 わが国の学力が世界で激落ちした記事を読んだ。結論としてわけのわからない「ゆとり教育」に原因があるのであろう。
 勉学を第一義とする都合9年間は児童生徒たちの修業の場であり、鍛練の場であるはずだ。そこに「ゆとり」などと大人たちのエゴが入りこむから折角の修業や鍛練の場が消滅してしまうのだ。児童生徒の年代に何故「ゆとり」などの必要があろうか。「ゆとり」の時間が「ゆとり」どころか塾通いの児童生徒たちにとっては地獄の勉学への導入となるのであろう。
 官尊民卑の社会構成である以上、親たちはこぞって高学歴社会に順応させるために児童生徒を有名大学への進学を望むのである。この傾向は後進国ほど見られる現象である。

 市長戦あとの後日談は「市長選挙の過ち」を指摘する文言がかしましいが、選ばれたからには「中学給食の実施」や「広域合併問題」をやり遂げるのが市長の責任である。理由はともかく「出来ない」ではすまされまい。市長職についたからには責任問題となる。職員、議員たちも市長だけに責任を押しつけず必ず実行してもらいたい。それには「ゆとり」どころか、道は針の筵であり茨の道であろうとも一致団結して事の成就を成し遂げてほしいものだ。
 安部市長が市民に約束したことである。財政は黒字であり、健全な市政だと市民に通達したばかりだ。十分実行できるという財政面での余裕はあるはずである。まさか「あれは選挙に勝つための文言だ」では許されない問題だ。もう「ゆとり」などは許されるものではあるまい。
 先刻、安部氏の応援だと防府市長が米沢市に駆け付けてこられたが早稲田の先輩だという。当該市長の活躍は立派でも、後輩安部市長もそうであるかは疑問だと人はいう。選挙に勝ったからには市長の器を市民に披露してもらいたいものだ。
 「懐古談」として米沢市政における歴史的な市長として後世に名を残すような上郷出の市長だったと自慢できないようでは上郷衆も泣くに泣けないことになるだろうから、余程のハップンが必要だということになる。
 「家のお父さんは叩かれ強いから」は奥方の文言だ。「市民野郎ッ!みてけつかれ、安部三十郎は男であるぞ!」として奮い立つのはいつの日であろうか?
さあ、広域合併だ。どうする安部市長!

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kage


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